イエローカードが、出された?出来事。

ある日のこと、私は、家に向かって歩きながら考え事をしていました。

その内容は、ある人物と出来事に対する不満でした。といっても、何かをされたのではなく、まだ、その時点では何も起こっていません。

「きっと近日中に、その人は、私に○○○○を要求してくるにちがいない。そうなったらいやだなぁー、っていうか、なぜ私に?・・・でも、そうなるのだろうな。何か理由をつけて断ってしまいたいけれど、そういうわけにもいかないし・・・( ̄~ ̄)」と、考えを巡らせながら歩いていたのです。

断りたいなぁー、そうしようかな、うん、それでいいじゃない?と思った瞬間、どこからか「ノー」を言われたような気がしました。

「ん?今、ノーと言われた?」と、一瞬、考えがストップしましたが、しかし、完全に被害者モードになっていた私は、またその思考の続きに入り込んでしまいました。

そして、同じ思考を延々と繰り返していました。けれど、いつまでも答えはでません。たとえば「よし、断ろう」という決断がなされるわけではないのです。なぜなら、その出来事はまだ起こっていないからです(笑)。

私が、勝手に頭の中で、そうなるに違いない、もしそうなったら嫌だなぁ~と、まだ起こっていない未来に対して、考えては不愉快な思いになっていただけなのです。ただ、まったくの思い込みではなく、遠からずその出来事には遭遇するでしょう。

そして、家に到着しました。入口で、オートロックの数字を押すのですが、何回も間違ってスムーズに解錠されません。考え事をしているので、集中力に欠けています。

さらにイライラが増して・・・、やっと、ドアが開いたら、エレベーターの前に、A5サイズくらいの「黄色い紙」が、落ちていました。

誰かが、メールボックスからチラシなどを取って、お部屋に戻るときにでも、中の紙が落ちたものだと思います。

が、私は、それをひと目みて「イエローカード」が私に出された、と感じました。

まだ起こってもいない出来事、しかも、大したことではない(実際、そんな重要なことではないのです)のに、いつまでもネガティブな考えを巡らせている私に「喝」が入った、と。

そうだよな~、今から考えたって、どうなるものでもないのだと、もうその件を考えるのはやめようと思うことができました。

このように、日常の出来事の中に、自分への気づきのメッセージが含まれているものだと私はそう思っています。神様や天使が枕元にあらわれて、「○○○をしなさい!」と告げられる・・・などというものばかりを夢見ていては、そうした小さなヒントを見逃してしまうように思います。

この世は神秘にあふれていて・・・、こうして、「イエローカード」を出してくれるというような、間接的な出来事(?)を通して、気づかされるものではないでしょうか。

私は、この出来事を、導きだと信じています。

けれど、物理的に、この紙を落としたのは同じマンションに住んでいる誰かであって、魔法のように、あるはずのない紙を、霊的な存在が用意したわけではないです。

そういう、偶然のような、小さな必然の出来事を、自分の感性で読みかえて解釈し、取り入れていく積み重ねで、進むべき道が示されていきます。

結局は、自分が気づくか、そうでないか、自分がその出来事から何を見出したかという「自分の内的なこと」が大事なのでしょう。

そしてこの時の私は、まだ起こってもいないネガティブな想像をわざわざしては不愉快になっているという、まったくもって生産性もなく、何の学びにもならない思考を繰り返していることに気づいていなかったので、「イエローカード」が、出されてしまい、自分の波長の低さを、教えられ、気づかされたわけです(笑)。

・・・ちなみに、このとき私が、「遠からず、こうなるに違いない」と、相手に対して勝手にイライラしていた出来事は、今の時点では現実となっていません(笑)。

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