人生という時間を過ごすという意識。

黄色の睡蓮

この世の「時間」という変化が、「自分の外側を流れるもの」だととらえていくなら、それはたとえば「風の動きにふれる」程度の印象としかうつりません。

時間とは「この世で自分に与えられている、人生の時間」なのだととらえていけば、時間の流れは、自分そのものの動きと重なっていき、「濃い時間の過ごし方」ができるようになるのだと思います。

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言の葉
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