Q:霊が見えるのは、霊感が強いから?

スピリチュアルなことをあらわす際によく使われる言葉や、その解釈について、要点を簡単にまとめた記事を、「質問に対する回答」という形式で「Q&A」のカテゴリー内に書いていきたいと思います。

既にたくさんの知識がある方には、基本的すぎる内容かもしれませんが、復習の意味でお読みいただければ幸いです。

Q:霊が見えること=霊感が強い?

私の兄は、霊が見えることがあると言います。霊が見えるということは、霊感が強いからですよね?私は、これまで霊が見えた経験はありません。私の場合は、兄よりも霊感が弱いので霊が見えない、ということでしょうか

>

A:霊感のあらわれは、人それぞれです。

スピリチュアリズムでは、人も「肉体をもった霊である」という考え方をします。誰もが、実は霊であるので(あなたも、私も、お兄様も)、すべての人に霊感が備わっています。

霊感の備わり方は個人差があり、強い人もいれば、それほどでもない人もいます。どのような種類の霊感が備わっているかも、人によりかなりの幅があります。

霊が見えるということは、ある程度の霊感の強さがあると言えます。ですが、霊感が強い人の全員が、霊が見えるわけではありません。備わり方には種類も幅もありますから「とても強い霊感があるが、霊は見えない人」は世の中に大勢います。

霊が見えるセンスは、霊感のあらわれのひとつですが、それがすべてではないので、霊が見えるか否かだけでは、その人の霊感の度合いを計ることができません。

前述のとおり、霊が見えるのであれば、お兄様はある程度の強い霊感をお持ちなのでしょうね。ですが、あなたがどのくらいの霊感であるか、お兄様よりも弱いかは、霊が見えないというその事実だけでは判断ができませんね。

「霊が見えない、霊感が強い人」も世の中にたくさんいますから、あなたにもお兄様と同じか、それ以上の強い霊感が備わっていることも、可能性としては十分にあり得るということです。

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コメント

  1. 佐和子 より:

    おはようございます

    私は霊が視える人たちから「本当に視えない?」「視ないようにしている」と言われるのですが、
    色々話をしていくうちにわかったのが、
    私は生きている人とあの世の人の区別がつかない、この世とあの世の境が無い人。
    と言われるのですが、そんな事もあるのでしょうか?

    過去を振り返っても、最近でもそんな現象はあります、
    でもその時には気付かないんです…
    その場を離れてからとか、翌朝に「あれ?どう思い出しても変だよなぁ…」と気付きます。
    その現象は決して怖い状況では無くて、
    後から思うと、どちらかと言うとノスタルジックのような、
    あの人たちは何をしてるんだろう?みたいな事が多いです。

    これで困る事は無いのですが、
    まわりから見たら私は空中に手を降っていたり(子どもに手を降り返えしている)
    独り言を言ってる(挨拶を返す)ように見えてるのかもしれません…

    • リカコ より:

      佐和子さま

      コメント欄での回答は、サイドバーの記載にありますとおり、一般的な事柄への簡易なものなので、コメント主さまの個人的な状況をふまえていない「一般論」としての回答となりますが、

      >私は霊が視える人たちから「本当に視えない?」「視ないようにしている」と言われるのですが、

      この「霊が見える人たち」というのが、たとえば私のような鑑定業をしている人なのか、それとも霊が見える一般の方なのかによって、その人がいう意味が変わってくると思います。ちょうどこの記事の内容のとおりで、霊がみえることは霊感のあらわれのひとつにすぎず、「霊が見える人=霊感や霊的事柄を把握する力がある人とは限らない」からです。

      霊が見える人の全員が、(鑑定業をしている人のように)「他者の霊感の度合いを計ることができる」とは限りませんのでね。ただ見えるだけ、という人もいますし、、、そこはいろいろです。

      また、霊感のあらわれをコントロールをして「本当は見えるのに、自分でそれを見えないようにする」というのは、通常はできないと思いますよ。

      ただ、「見えていることに、あまり自覚がない人」は、確かにいます。

      ですが、そういう場合は、肉眼でありありと見えるのではなく、
      脳内のスクリーンにうつってみえるので「思い出しているとか、思い浮かべている現象と、(霊をみていることを)区分けがなされていない」という見え方になります。
      そうなると、「見ていることに気づいていない」というケースはありえます。

      ですが、肉眼として「目の視覚」でみるように、霊が見える場合は、見えているのに気づかないことは起こりにくいです。なぜなら「生きている人が放つ波長」と「霊の波長」は、まったく別物だからです。

      ですので、

      >私は生きている人とあの世の人の区別がつかない、この世とあの世の境が無い人。
      >と言われるのですが、そんな事もあるのでしょうか?

      これは、私としては、ちょっと考えにくいのですが、、
      しかしそれは、あくまで私の見解であるので、

      そのことをおっしゃった方が、プロの方であれば、
      その方には、そういう見解に至る理由などがあるのだろうと思います。

      まとめると、

      前述のとおり、脳内の内側の視野で見えるタイプの人ならば、(思い出すとか、思い浮かべるイメージと混じるので、霊を区分けできずに)見えているけれど自覚がないというのは、わりとよくある現象で、(私もこちらのタイプで、これが霊感などとあまり意識していませんでした(^_^;))

      こちらなら「見えているのに、自覚がない」というのは普通にありうると思うのですけれど、

      >これで困る事は無いのですが、
      >まわりから見たら私は空中に手を降っていたり(子どもに手を降り返えしている)
      >独り言を言ってる(挨拶を返す)ように見えてるのかもしれません…

      人と区分けがないくらいに、肉眼で霊がみえるとなれば

      むしろ、そこまで見えるなら、生きている人の波長と、霊の波長の違いも、同時に伝わるような気がするので、ちょっと私としてはそういう現象があるとは考えにくいのですが、

      しかし、この見解は、個別の事柄への回答ではなく「一般論」であるのと、
      コメントに書かれている記載内容のみを材料とした推察なので(きっと、お書きになっていない、もっといろいろなことが実際にはあるでしょうから)

      私が解説したことは、佐和子様の実際の状況に、当てはまる回答には、なっていない可能性もあります。

      その前提で、参考程度にとらえていただければと思います。

  2. 佐和子 より:

    リカコ様

    お返事ありがとうございます、
    細かく検証していただいて嬉しいです。

    プロの方では無くて、整体などの人の身体を触る仕事もされている方たちです。
    その箇所を触るとイメージが見える方もいますし、
    いつも私の斜め後方を見ながら話す方や
    頭上を見ながらとかそれぞれです。
    見解もそれぞれで、生きている、いやこの世の人では無い と意見はわかれます、
    なので私は私の感覚を信じるしかないのですが。

    >「生きている人が放つ波長」と「霊の波長」は、まったく別物
    これに関しては私が向こうの波長に寄っているのかもしれません、
    最初 自分に起こっている事に気付いた時がこの感覚だったんです「今 見えないだけで いつもの場所にいつもの人達が居る!私は違う次元に居る!」と…
    まぁ、これはまだ若い時の事で、
    霊感なんて考えてもいなかった時の事なんですが。
    当時その場所でしか出会わない人達がいたんです、
    それぞれの場所でそれぞれ出会うひと達、
    最初は必ず向こうから話しかけて来て、
    必ず毎回会うわけでは無いけど、同じ範囲内で何故すれ違うんだろう?
    待ち伏せしているのかな?いつ来るかわからない私をわざわざ中年の女性が?

    同じ場所でしか会わなかった男性はとても繊細な感じで声を掛けられた時は驚きました、
    こんな繊細な人が現世でどうやって生きているんだろう?
    さぞかし生きて行くのは大変に違いない…
    でもこの人、こんな場所で何をしているんだろう、親の介護か何かかな?

    娘にも同じ現象は起きました、
    娘が小さい頃に本屋で1人で居ると
    いつの間にか娘より2歳くらい小さい女の子が側にいるんです、
    話をするわけでは無くて、側についている感じで…
    娘もいつも知らない子が側に来るから、
    警戒しだして…わざと場所を移動しても必ずついてくるらしく、
    当時の私は娘と同現象を笑い話にしていましたが、
    その時も「この子の家族は何処?おかしいなぁ、迷子ではなさそうだし」と思うのですが、
    私がそうやって考えて出すと、いつのまにか居なくなってたので、
    深くは追及しなかったんです。

    昔はこんな感じです、
    今もこんな感じでしょうか、
    突然 目の前に現れる事が多いですね
    何故この人はここに居るのだろう?
    何をしているのだろう?
    いつ来たのだろう?
    そんな疑問点から始まります。

    お返事はけっこうです、
    ありがとうございました。

    • リカコ より:

      佐和子さま

      本職にしている方ではないなら「そういう見解もありうる」という程度に、割り引いてとらえてくのがいいのかもしれないですね。
      もちろん、本職の方のいうことが正しいという保証はまったくないのですが、、(^_^;)、

      しかし本職の方は、自分が伝えたことがある程度の比率で当てはまっていなければ仕事を続けていけないですから、その分の、一日の長が、ということになるような気がします。しかしこれは、その整体の方達を否定するものではありません。見解はそれぞれだと思いますのでね。

      >「生きている人が放つ波長」と「霊の波長」は、まったく別物
      これに関しては私が向こうの波長に寄っているのかもしれません、

      確かに、おっしゃるとおりで「霊がみえるということは、向こうの波長によっている(から見える)」のです。
      ですが、向こうの波長による度合いは「自分が備えている、自分自身の波長の幅の霊的な上限」となります。自分の波長の領域を、さらに越えて向こうによることにはならないです。

      ものすごく波長の幅を広く備えていると、私のような「霊媒体質」ということになりますが、そうなると、霊的なほうにあまりに近いために、すぐにそちらに「同調」してしまうので、霊を見るというよりは、どちらかというと憑依的なほうの自分が感化されるあらわれとなったり(^_^;)、
      または、波長が重なることで、内的なほうの見え方のあらわれとなりやすいので、

      視覚で見えるとなると、それともまた違う何か別の要素が、
      関連して起こっているのかもしれませんね。