自分と守護霊は、「自分同士」とも言える関係です。

「他人同士」という表現があります。日常の会話内では、頻繁に使われる表現ではないけれど、「お互いにどちらの立場からみても他人であること」を強調するような意味合いで使われることがあると思います。

ある小説内で、こうした表現が出てきたのを見てふと思ったのですが、

守護霊と自分は、言わば「自分同士」という関係だな、と。

たましいの繋がりがあり、まったくの別人格ではない存在。それは、どちらの側からみても当てはまります。

たましいの大元を同じとした、大きな自分自身とも言える存在が常に、小さい自分を見守っています。

この場合の「大きな」という意味は「守護霊は、肉体という制限がないこと」で、「小さい」とは、「私たち人間は、肉体という器の中に入り、人として生きる学びを選んでいる有限の存在であること」ですね。

コメント