挫折という強い言葉でしか表現できないような経験、誰の人生にもあると思います。思い出したくないようなこと、あの経験さえなかったら順調だったのにな、と思うようなことです。
けれど、そういう経験にも意味があり、その後の人生のためにあえて用意されることもあるのだろうと。私はそのように考えています。
なぜなら挫折としか表現できない困難に直面することで、「人生とは何だろう?」「努力の意味とは?」のような、
視座が高い「問い」をするようになるからです。

日常のちょっとくらいの失敗では、こうした問いが自分の内からでてくることはありませんよね。ちょっと不満になったり、ちょっと反省したり、そのくらいの感情の動きにとどまると思います。
人生とは? と考えだすのは、
長い時間をかけて目指してきた道が閉ざされたとか、積み上げてきたものが届かないと結果がでてしまうようなこと、多くの人に共通するものとしては、受験や就職活動などが思い通りにいかないときが該当するでしょうか。
これらには周囲という比較対象があるのでなおのこと、目指したものに届かなかったことが何倍も辛く感じられます。
だからこそいつまでも心からそれが抜けず…、忘れたくても忘れられず…、何度も何度も考えます。人生とは、努力の意味とは、という高次の問いにはそう簡単には答えがでませんから、長い時間をかけて考え続けることになり、
いつの間にかその視座が、自分に刻まれ、
このことは確実に、人生においてプラスになります。


コメント
とある国家資格の国家試験の受験資格を得られなかった大学生に何かアドバイスできないかとブログ内を検索し、この記事にたどり着きました。
なんとなく資格が取れるから入学したけれど、勉強は思ったより大変で、その資格はできれば欲しいとは思うけれど、その資格を活かした仕事に就きたいという強い思いはないという状況です。
その大学生の親は高い学費を払っているのだから、働きながら勉強して資格を取れと言うそうです。
しかし、働きながらの試験勉強はとても大変で、合格は厳しいでしょう。
その大学生には、受験資格を得られなかったことは残念だけど、これを機に本当にやりたいことは何なのか考えてはと伝えてみました。
自分で考えて、苦労してでも資格を取りたいならチャレンジすればいいし、他にやりたいことがあれば、それに時間や労力を注いだ方がいいと伝えました。
自分の人生なんだから、「親に言われたから」ではなく、自分で考え、自分で決めて進んだ方が後悔が少ないと伝えました。
まだ20代前半という若さですので、人生初の大きな挫折かもしれません。
大変ですが、自分の人生を俯瞰して、挫折を乗り越えて成長してほしいと祈っています。
そういうことがあったんですね、何とも難しい場面ですよね。
「本人」×「親」×「環境」
という3つの要素が絡んだ結果だと思いますが、
何がベターかは、難しいなあと感じます。
その職業につかないとしても、
学校を出ないと受験できない資格をもっていたら、
それだけでも付加価値があったりするので、
親御さんのいうこともわかりますし、
しかしその価値がいまいちわからない若い学生さんの感覚もわかるし、
難しいですよね。
こういうのは自分が社会に出てからわかりますから。
その学生さんが社会に出て、どのような道を進むとしても、
ある時点で、大人の感性をもって当時を振り返り、
そのときの自分、親のアドバイス、先生のアドバイスを、
思い返して深く受けとめる瞬間が、きっとくるんじゃないかと思います。