「これをやってみたい」
「これは自分に合っている気がする」
「自分はきっとこれが上手になれるだろう」
そんなふうに心ひかれたり、根拠はないのに「できる」確信が生じたりすることは、本当にそうなる未来がある(からそう思う)のかもしれません。
もちろん絶対ではないですが。エネルギーが動くしくみからすると、未来を読みとってそう思うことはあり得るのです。
よくブログで出てくるフレーズですが、
エネルギーが先、現象がそのあと、
スピリチュアルな領域でエネルギーが動くとき、この世の時系列とは別の順番になることがしばしばあります。
現象がそうなる未来があるから、その事柄に心がひかれる。行動して結果がでるよりも先に、気持ちのほうが動きをみせる。
そういう順番になることは、あり得るのです。
けれど先にも書いたとおり、やはり「絶対ではない」ので、妄信しないことも必要ではあります。この世で肉体という物質に入っているときの、自分の受信装置は100%ではありません。周囲の影響もうけるしエゴもあるし、解釈がずれることもあります。
それでも「そのときそう思った」ことは、大事にしたほうがいいと思います。仮に解釈がずれても間違いとは限りません。心がひかれること自体に意味があり、最初の発想とは違っていても、そのプロセスを経て必要な(別の)ゴールにたどりつく、そういう導かれ方もあるからです。
やってみたい、できそうだ、という内からわいてくる思いは否定せず、まずは心にとめておきましょう。答えはゆっくり出せばいいのですから。
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