これまでにも何度も記事にしていることですが、霊感が強い人は、芸術的なセンスにも優れていることが多いです。霊能者として広く知られている有名な方たちにしても、私が個人的に知っている方たちも、あとは私のご相談者さまで霊感が強めの方たちも、芸術活動をしていたり、そういうことが好きだという方が本当に多いです。
私がこの仕事をはじめた頃、日本でスピリチュアルブームが起こっていた時期にはかなり外国人の霊能者の書籍が翻訳されて発売されたのですが、それらを読むとまあ、芸術家が多いことにおどろかされました。若いころは画家だったとか、歌手だったとか、彫刻家だったとか。最近のものは読んでいないのでわかりませんが。
私のご相談者さまたちでも、音楽、写真、舞踊、演劇、などをライフワークとしていたり、好んでいたりする方がたくさんいます。
霊的な感性と、芸術的な感性と。この二つはとてもよく似ていて、使い方やあらわし方の差があるだけなんだろうと思っています。
コメント
歌や、絵画、演奏、ダンス等色々な芸術を見たり聴いたりするのが好きです。心が明るくなったり、洗われるように感じたり、元気をもらえる気が致します。
そんな時、いつもなんとなく感じるのは、もしかして、芸術的に表現された世界を通して、生まれる前にいた世界の色や、空気、光、あたたかさを少し垣間見せてもらったのかなぁという事です。これは漠然と感じる私の感覚なので、正しいのかは分からないのですけれど、、。
なんとなくそんな事を思っておりましたもので、、「芸術的な感性と、スピリチャルな霊的な感性が似ている」という内容が、感覚的にすうっと、自分の中に流れ込む感じが致しました。
そして、仮にですけれど(これは私の感覚で、思い込みや、想像も含まれる可能性があり不確かなものなので)もし芸術を通して、肉体を持った霊的な存在である人が、生まれる前の世界の光、空気等それらを感じる瞬間があり、時に良い影響を受けるのであれば、例えば悲しみを抱えて現世に残っている霊さんも、芸術にふれる事で少し癒されたり、少し思い残しをほどいていく事ができるのかしら、、ととりとめもなく考えておりました。
また、引き続き、私のなんとなくの感覚のお話で恐縮なのですが、、、そういう、輝きを感じるのは、芸術的なものだけでなく、例えば1つ挙げてみると、小学生の子供達が書いた詩集も同じであるような気が致します。それらは、一般に「芸術」と言われるような卓越した技術に裏打ちされたもの、ではないけれど、言葉が素直で、また読み返してみたくなるような明るさがあります。子供達はピュアで、持ち合わせている、そのままの感覚で、素敵なものを表現できるのかしらと考えていました。
子供達の詩にも、芸術的なものを見た時と同じ、元気をくれるもの、あたたかさ、みずみずしさ、そして、どこまでも広がる明るさを感じるのは、彼らが(大人に比べると、ほんの少し前までは、前の世界にいたので)生まれる前のその世界の色や、光を無意識の中にもたくさん覚えているからなのかしら、、と、完全に想像の世界ですけれど、、考えてしまっておりました。
思い込み等も含むかもしれない、感覚を元に、とりとめのない文章になってしまったかもしれません。また、本来のブログタイトル本旨に沿った内容からもずれてきてしまっているように思います。。失礼致しました。
いつも沢山の気付きをありがとうございます。
miさま
そうですね、肉体をもっている霊である「人」が、霊的な要素との関連が深い「芸術」からよい影響を受けられるように、この世にとどまってしまっている「霊」の方たちも、芸術にふれることで、とらわれから解放されることもあるのでは、という解釈はそのとおりだと思います。神事、祭事に、音楽や舞踊が含まれていることにはそういう意味もありそうですよね。
広い意味でいえば、人がよい影響を受けるのものは芸術以外にもたくさんあり、たとえば「人間関係」「学校生活」「仕事の達成感」などの社会的活動を通して、成長したり、元気になったり、癒されたりしますよね。そこは霊の方たちも同じで、日常的な人の思いや、祈りや…、その他さまざまな芸術以外のエネルギーにふれて浄化していくこともあるでしょう。
子どもたちの作品にも、その年代特有の「みずみずしさを感じさせる光」があるのはそのとおりですが、大人がつくる社会活動上の成果物の中にも、その年代だからこその「深みのある光」があると思うので、いろいろなものに、光はある、というとらえ方をしていくのがいいと思います☆