自分の主観というレンズを通した、相手の姿を見ている。

人の性質には多面性があり、たくさんの要素が内包されていますから、ひと言、ふた言では、とても言い表すことはできません。

「あの人は、こういう人」
「あなたは、こういう人」

こうした表現はどれも、その人の一部分を表しているだけなので、「こういう人」という一部分が当てはまっていても、その人の全体を把握したことにはなりませんよね。

人の性質は、そう簡単には表現しきれない幅と奥深さがあります。

相手に対する「○○な人」という印象にも、個人差が反映するものです。個人的な感情は含まれていないとしても、その人のどの部分に注目した印象をもつかという点には、個人の価値観が含まれていくものだからです。

相手に対する印象の持ち方を含めて、そうした評価というのは「その人の主観」です。皆に共通した認識であるとは限りません。誰もが、自分の見たいように相手を見るものであることはわかっておきましょう。

自分が見ている相手の姿も、相手が見ている自分の姿も、把握しているのは、全体のうちのほんの一部分です。

そして、その認識は、自分の主観というレンズを通した、自分独自のもの(かもしれない)ということです。

そのことを忘れないようにすれば、自分に与えられる他人からの評価も、自分が他人の振るまいに対して思うことも、「いろいろのうちの、一部分に過ぎない」と思えるので、こうあるべき、こうでなければならないという、とらわれから抜けて、楽になれます。

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