必要な言葉が、耳に届く。

昨日、必要なものが「目立って見える」という記事を書きました。

必要なものが、目立ってみえる。
スピリチュアルなセンスのあらわれとして、「自分に必要なものや、質のよいものを、視覚を通して把握する」ことが上手な人がいます。 たくさんの候補の中から、その対象だけが、他とは違う見え方になることから、よい選択や判断ができるのです。 たとえば、それが「リンゴ」だと...

このことと似ているあらわれで、自分に必要なことが「際だって聞こえる」ことがあります。

テレビから聞こえる出演者のひと言が、とりわけ大きく聞こえて耳に残るとか、通りすがりの他人の会話がふと耳にはいり、その内容が自分への励ましともとれる共通点があったり、悩んでいることのヒントになったり。

不思議なことに、そういうケースは「ちゃんと気づく」ものです。自分に関連する要素となる、特徴的なエネルギーをもつ「音」を聞き分けていたり、「言葉のエネルギ-」振動としてとらえているのでしょう。

聞こえ方のパターンとしては、対象となるその言葉やフレーズだけが「大きく聞こえる」「耳に残るように、際だった印象になる」「次元の違うところから響くような音で聞こえる」などでしょうか。

昨日の記事「見る」ケースでは、自分のよくあるパターンを把握して、活用することも場合によっては可能ですが、

今回の「聞こえる」は、自分の意図では、その状況を設定できず受け身的に起こる事柄なので、備えるとすれば、そういうこともありうると知識として頭の隅に置いておくくらいですね。

ですが、それで十分と思います。必要なことには、ちゃんと気づくようになっているものですから。

コメント

  1. mako より:

    2人の娘がまだ小さかった頃、夫は不在がち、ワンオペ育児で辛い毎日でした。
    あるとき嫌になって初めて娘2人を置いて家を出ました。
    とはいえ行くところもなく、置いてきた娘が気になり遠くにも行けず、近くの公園の駐車場に車を停め、普段は聴きもしないFMをつけました。
    途端、耳に入ってきたのは「最近の結婚式では出生時の体重のぬいぐるみをプレゼントするのが流行ってるみたいですね~」という言葉。
    2人の娘の出生体重を思い出し、生まれたときを思い出し、それまでのことをいろいろ思い出し、泣けてきました。そしてすぐ帰宅。
    たった10分ほどの家出でしたが、娘たちのとっては突然お母さんがいなくなって心細かったと思います。
    この記事とは少し違うかもしれませんが、ふと、反省したことを思い出しました。

    • リカコ より:

      一つ前の記事「見える」場合と違い、「聞こえる」場合は、そうして受け身的に起こりますね。ふと何かの言葉や音が、自分の耳に入ってくるという形で、必要な言葉が届くようになっているのでしょうね。

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