他人の言葉を通して、答えが与えられる(その2)。

以前に、このようなことがありまして。

ある日の私は、目的地に向かって歩きながら、考え事をしていました。 ある事柄について、「これは、私のやるべきことなのかな」「私がやらなくてもいいことでは。もっと他に時間を掛けるべきことがあるのでは」と、 ...

そのときは「そうだ、これは未来のためと考えればいい」と答えを出したはずでしたが、その件を行動することはないまま今に至っています。

そういうタイミングがなかったというのもありますが、一番の理由は自分の中でしっかりとしたものが定まっていかずに迷っていたからです。

先日もまた、無意識になんとなく「そのこと」を考えていて、ある建物内を歩いていたところ、自然に考えがまとまってきて、

「具体的な結果というカタチにはならなくても、そのことが少しでも誰かの何かに役立つとか、いかされるならば労力を掛ける意義はあるのではないか」とか、そんなことを思ったときに、

すれ違いざまに、小さい子が私を指さして「そう!それ!」と言いました笑。

ああ、そうか、それなのか笑と、さすがに同じようなことが二回起こったので、ぐるぐる考えることからは抜けだし、

具体的にどのような方向でそれを行動していくかという、次の動きのほうへ意識を向けていくようになりました。

「答え」のヒントとなることは、こうして外から与えられることはあっても、実際に行動していくのは「自分」であり、現実的に時間と労力を生みだしていかなければなりませんからすぐには進まず、ここからまた時間が掛かり、

時間が掛かると、その「すき間」に迷いが入り込んでしまうのですけれど、

しかし二回続いたことで、私の意識が決まったので、その度合いは今後は薄れていくだろうと思います。

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