この世で姿をもったことがない「自然霊」という存在。

自然霊とは、「この世で人として過ごした経験をもたない霊」「この世に、物理的な姿をもったことのない霊」のことです。

一般的に、神様とよばれている存在、龍神、お稲荷さんなどとよばれるご眷属霊、他には、自然界にいて形をもたないエネルギー体など「人の霊以外」を総称した表現となります。

スピリチュアル的にいえば、人は「肉体をもった霊的存在」と解釈しますから、私たちも「人の霊」です。

家系という縁でつながっている「先祖霊」も、たましいのつながりをもつ「守護霊」「指導霊」も、かつてはこの世で人として過ごした経験をもっている霊ですね。

このように、通常私たちがこの世で関わりをもつ霊は、人の霊がほとんどなのですが、自然霊とよばれる「姿をあらわしたことがない霊」も存在しているということなのです。

私たちには肉体という姿があるけれど、先祖霊や守護霊は、既に肉体からはなれている「霊としてのエネルギー体」であるので、私たちのような「姿の形」はもっていません。

しかし、霊が見える人には、生前の姿をともなって見える場合があります。

それは、霊がそういう形を(今もなお)しているのではなく、便宜上、以前のその姿を「可視化させてあらわしている」のでしょう。

一方、自然霊とはこの世に姿をもったことがない霊ですから、そうした「以前の姿」がありません。形をもたないエネルギー体そのものです。

ですから、霊的に可視化される「決まった姿」がないことと、「人の霊とは波長の領域が違う」ことから、ちょっとわかりにくい存在でもありますね。

それぞれ、霊としての役割や存在意義も違うものがあるのでしょう。

私たちには、この世で「人としての学び」があって、それは言いかえれば「人の霊としての学び」でもあります。

人の霊には、人の霊のなすべきことがあるように、自然霊には自然霊のなすべき働きや作用があり、霊としての役割や存在意義がさまざまに関わりながら、この世という環境が構成されているということです。

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コメント

  1. みどり雲 より:

    このような自然霊のようなエネルギー体が、テレパシーのような感覚で、
    伝わってくる時、自分と”連動”しているような感覚をもつことがあります。

    ”連動”とはサッカーの解説でよく使われてる言葉ですが、例えば、
    「攻撃の意識を共有できたことでうまく連動でき、最終的に得点につながった。」
    とかですね。

    また1つという個別的なものではなく、連動ですので集団的なエネルギーの形で
    伝わってくるように感じます。
    木々も土中の根っこを通して、他の木々とも繋がってるというのをどこかで
    読みましたが、意識下では木々同士繋がってるのかもしれません。

    憑依的な現象であれば、高い/低い波長に自分が共鳴してしまい、
    霊との憑依が起きてしまった。という仕組みは何となくわかります。

    自然霊のようなエネルギー体は共鳴だけでなく、”連動”という形で伝わってくる
    こともあるのかなと思ったしだいです。

    自分がこの地球という惑星の中で、自然霊と魂レベルで”意識を共有している”
    何かがあるという所が、テレパシーのような形で”連動”してしまうことと
    関係があるように思います。
    (※ちなみにテレパシーのような感覚とは体感覚としての痛みであったり、
    分かるという直感的なことであったり、気づいたらパワースポットだったり様々です。)

    頭の中で”連動”がずっとこびりついて離れなかったので、書かせてもらいました。
    勝手にどうもすいません。m(__)m

    • リカコ より:

      みどり雲さま

      >このような自然霊のようなエネルギー体が、テレパシーのような感覚で、
      >伝わってくる時、自分と”連動”しているような感覚をもつことがあります。

      エネルギーが伝わる感覚は人それぞれ違うので、そういう伝わり方が「みどり雲さんの感じ方」なのだと思います。

      この記事のようなエネルギーと、なじみやすい性質をもった人はいますので、そういうエネルギーの質を備えていらっしゃるのと、体感や感覚に優れていらっしゃることから、そういう認識をおもちになるのでしょう。

      ただし、自分が感じられる範囲は「自分が同調することができるエネルギー幅(自分が持ち合わせている波長の幅内)」なので、

      自然のエネルギーのうちの、同調できる要素を感じとっているということであり、「エネルギー体」そのものをとらえているのとはちょっと違っているかもしれません。

      >また1つという個別的なものではなく、連動ですので集団的なエネルギーの形で
      >伝わってくるように感じます。

      エネルギーそのものの変化とか、動きや作用の「連続性」ということなのかなと思います。
      少しずつ違う、けれどもくっきりと個別の際はないという「グラデーション」のような、大きいものの内輪に、小さいものが収まっている「入れ子構造」のような、そういう「連続性のあるエネルギー」を感じているということなのでしょうかね。

      >憑依的な現象であれば、高い/低い波長に自分が共鳴してしまい、
      >霊との憑依が起きてしまった。という仕組みは何となくわかります。

      憑依が起こるような霊とは、浄化していない状態ですから、こちらの世界の「人間に近い」ものです。まだ肉体を有していたときの状態と近いエネルギーの状態を保っていることから、いわば「個別」と「個別」の引きあいになります。

      ですが、人の霊との関係とは、憑依だけに限りません。

      >自然霊のようなエネルギー体は共鳴だけでなく、”連動”という形で伝わってくる
      >こともあるのかなと思ったしだいです。

      そういう「つながり」になるのは、自然霊だけに限りません。人の霊であっても、しくみとしては同じ形もみられます。

      たとえば守護霊も、かつては人でしたので、カテゴライズとしては「人の霊」です。守護霊になるような霊は、進化向上していますので、人の霊同士のような、個別のつながりにはならず、「大きなものと、小さなものとの連続性のあるグラデーション」のようなつながりになるのは、人の霊同士であっても、その対象となるものが、進化向上をしていれば(進化向上をしていくほど、個という枠がなくなっていきますので)同じようなしくみになりますね。

      ただし、守護霊のエネルギーを自分が体感することは普通はないので、そのことを意識する機会がないだけだと思います。

      感じるというのは、自分との差異から、違いとしてわかるのであり、同じものであれば特には何も感じませんね。自分のエネルギーを自分で感じないのと同じで。守護霊とは、広い意味で自分自身とも言える、エネルギーの質の近さがあるので、特に体感や気感が生じないだけで、

      「連続性のあるグラデーションの一部に自分が含まれるか連なる」ようなことは、エネルギーレベルの作用としては、みどり雲さんにも「人の霊とも起こっている」ということです。

      ・・・ということを、おっしゃっているコメントなのかなと私は解釈して、返信をしたのですが、もし意図している内容がこれとは違っていれば、すみません(^_^;)。その場合は、ご指摘くだされば幸いです。

  2. みどり雲 より:

    >自分が感じられる範囲は「自分が同調することができるエネルギー幅
    >(自分が持ち合わせている波長の幅内)」

    この時は連なった”草花”が揺れてる場面を見て連動を感じました。もしかしたら
    自分は地場エネルギー(土地のエネルギー)を感じていたのかもしれません。

    言葉で表現するのは本当に難しいですね。(^^ゞ

    >「連続性のあるグラデーションの一部に自分が含まれるか連なる」
    >「人の霊とも起こっている」

    自然霊というだけでなく、人の霊でも起こり得ることなんですね。
    詳しい細かな解説ありがとうございました。

    自分が見つけたパワースポットは、空気の流れがよく通り、かつ空気が透き通る
    ように綺麗で、樹木に囲まれ、その樹木に囲まれた所で、一時的に空気の流れを
    留めるような場所があり、そのような場所から空を1点見つめるようなポイント
    なのですが、ある地点ではご先祖のような感覚を感じたり、ある場所では
    神社のような空気感であったり。

    こういった場所から感じるものは、エネルギーそのものなのでしょうか?
    (場所によって霊的な違いを感じてしまうのが不思議な所です)

    ただここから先は個人的でもあり、リカコさんのお仕事に関わることなので、
    もし機会があればリーディングを申し込みたいと思っています。
    その時はどうかよろしくお願いします。m(__)m

    自分は江別市に住んでいるのですが、引越し先を探してる時、豊平区にある相馬神社
    を偶然見つけたのですが、実はそれ以前に福島県の相馬神社でご縁がありました。
    もっというと、豊平区の相馬神社に御神木の栗の木があるのですが、参拝する前に、
    野幌森林公園の樹齢500年近くのご神木(栗木)に出会っていました。

    これが”繋がっている”感覚なのですかね。(^^ゞ

    長文になってしまい申し訳ありません。
    これからもよろしくお願い致します。m(__)m

    • リカコ より:

      みどり雲さま

      >この時は連なった”草花”が揺れてる場面を見て連動を感じました。もしかしたら
      >自分は地場エネルギー(土地のエネルギー)を感じていたのかもしれません。

      土地のエネルギーをとらえたとすれば、それは、広い意味での「自然のエネルギー」でしょうね。
      自然の環境には、自然霊が関連しているものではありますが、「霊」のエネルギーそのものを、把握するのはとても難しいことです。

      >こういった場所から感じるものは、エネルギーそのものなのでしょうか?
      >(場所によって霊的な違いを感じてしまうのが不思議な所です)

      何を感じているかは、「その人それぞれがもつセンサーの個性」が関連しますから、どんな種類のエネルギーに、どのくらいの度合いで反応するかは、人それぞれ違いがあります。

      たとえば、複数の人が同じ場所にいても、そこで感じる対象は違うエネルギーかもしれませんし、度合いも深い人も、浅い人もいるかもしれませんし、同じものを軽く感じる人も、重く感じる人もいたりと、いろいろ「感じ方の幅」があるものです。

      全員が同じ感じ方になるなら、「そういう状況であれば○○ですよ」となるでしょうが、
      そのエネルギーを「感じているのは、みどり雲さん自身」であるので、「みどり雲さんの内側で起こっている反応と解釈」であるので、

      それが何であるか、ご自身の解釈で正しいかどうかは、コメントの記載内容のみからでは、特定はできないですね。