依存心を除こうとするより、自立心を磨くことが近道。

依存心が、まったくゼロの人はいません。誰の中にもそういう気持ちがありますし、依存することが、必ずしも悪いということではなくて、それが強すぎなければいいのです。

依存が強すぎると、自主性が薄れて、人生のいろいろな場面で、ものごとが停滞したり、自分が気づくべきことに気づけないままになったりしますから、自分を見つめて、ふさわしい在り方を考えていくことは必要だと思います。

自分が依存的であることに、気づいている人もいれば、なかなか気づくことができない人もいます。

今回は、自分が依存的なほうだという自覚があって、改善したいと思うが、具体的にどのようにしたらいいのかわからない方に向けた内容です。

まず、「依存心を取り除こう」という考え方を、捨てることです。この考え方では、なかなか前に進むことができません。

私は、このブログでよく、「変わりたいのならば、新しいものを得るよりも、まずは、今ある不要なものを除くことが先決」と書いています。

今回の考え方は、それとは逆になりますが、「新しいものを得るよりも、今ある不要なものを除く」方法が有効なのは、その対象が、「物」だったり「行動」だったり「方法」だったりという、具体的な事柄である場合です。

たとえば、「甘いものを食べるのをやめよう」というのなら、対象が具体的ですから、それでいいと思います。けれど、「依存心を取り除く」というのは、少々、漠然としています。

甘いもの、というのは、対象がはっきりしていますが、依存心は、どこからが該当するのか曖昧なので、具体的な行動に繋がりにくいです。

改善したい意欲があっても、行動につなげなければ、変わることができません

このような場合は、「依存心を取り除こう」とするよりも、「自立心を磨いていこう」と考えるほうが取り組みやすいです。

依存心に関しては、とりあえず保留として、「自立心を磨くには、どうしたらいいか」という考え方に、入れ替えてしまいましょう。

物事は、表裏一体ですから、これらは、相反するように見えても、実は「同じ要素に取り組んでいる」ことになります。

取り組む対象を、「依存心(を除く)」から「自立心(を磨く)」に変えても、漠然としていることには変わりませんが、この場合は、前向きな要素になっていることが効果的なのです。

誰でも、自分の中のネガティブな部分は見たくないので、依存心を除くために、自分の依存心を明確に、そして強く自覚する、という過程が苦しくて、前に進めなくなります。

ならば、ポジティブな要素(に、感じられる)、自立心を育てていくためには、という考え方ならば、自分が成長していくことなので、取り組みやすいのです。・・・実際には、どちらも同じで、依存心を除くことも、成長なのですけれど。

依存心を改善したいけれど、どうしたらいいのかわからない、という方は、「では、自立心を磨くためならば、行動すべきことが思い浮かぶだろうか?」と、視点を変えて考えてみてください。

この考え方は、かなり初歩的なものです。自立心が育っていけば(相対的に依存心は減っていくことになるので)、遠回りをして考えなくても、ダイレクトに、依存心そのものにアプローチできるようになります。

または、既にその必要がなくなるかもしれません。相対的に比率が下がって、少々の依存心は、自分の人生の進みを停滞させなくなるからです。

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