人生には、推理小説のように思わぬ伏線がはられていることが多い

人生に起こることは、カルマの法則といって「自分がした行いが自分に返ってくる」というスピリチュアルなしくみが関係しています。

これまでの自分が重ねてきた思考、発言、行動が「種まき」となり、いろいろな花がさくという形で人生に彩りがつくられていきます。

日頃の私たちは、そういうことを深く考えずに、あれをしたり、これをしたりとバラバラな思考と行動をとっていろいろな種をまきちらかして(エネルギーを散らかして)いますが笑、

それでも不思議なことに、種はまきっぱなしにはならず、あとから伏線回収がなされることって案外多いものではないでしょうか。

半年前の経験がまるで先取りのように、今になって役立っていて助かっているとか。一年前に知ったことがこれから計画していることのヒントになったとか。

行動をするという種まきは、ちゃんと人生の畑に実るようになっているんだなあと、こういう経験があると実感しますよね。

私のお客さまでこういう経験をした方がいます。ある大きな家電を買ったものの使いこなせず友人に譲ったそうです。数年たって友人が引越すことになり向こうには備え付けがあるのでと、譲ったものが戻ってくることになったそうです。

譲ったことを忘れていたので予想外だったけれど、今の生活スタイルにはそれがちょうどよくて便利につかいこなしているとのことでした。「もし数年前に友人が引き受けてくれなかったら、場所をとるので処分していたかも」と。

自分のために買ったけれどタイミングが早すぎて⇒友人に譲ることで一時的に預かってもらった形になり⇒あとから戻ってくる、というすごい伏線回収ですよね。

意識的なって日々のことを見つめなおしてみると、こうして過去の行いが今につながって役立っていたり、今の幸せは過去の行動からつながっているんだと感じられたりすることは結構たくさんある気がします。

人生というのはとっても長い推理小説のようで、思わぬところに伏線が準備されるなどしてあらゆる喜怒哀楽を経験するようになっているのでしょうね。

コメント

  1. miさん より:

    本当に自分がしたい事が見つかり
    ふと、これまでを思い返してみると、
    自由に、バラバラに、自分で選んで行動してきた事の中にも、多くの学びがあり、今に続く沢山の伏線を見つけられる気が致します。

    私事で恐縮ですが、、書いてみますと

    油絵を習う
    先生は写実的ではなく自由にのびのび描かせて下さる方でした。

    プ-ルを習って、水の中が好きになる
    大会などとは無縁でしたが、、、水にドブンと浸かって静かな中で、水に包まれている感覚が好きになりました。

    ピアノを習う
    楽譜を見ながら両手で弾くなんて、私には超絶技巧過ぎて、、
    途中でやめてしまったけれど、ピアノの流れるような響きを聴くのはとても好きになりました。

    歌を始める。
    音を取るのに必死で、歌詞の内容まで頭がまわらず、、
    音を間違えないように歌えるようになるのが目標でした。人が歌っている歌を聴くのも大好きになりました。

    朗読を始める。
    歌の時よりは気持ちを込めて読めるけれど、、(音程がないので)緩急の付け方が分からず、すべてに気持ちを込めるので、とても重い読みになってしまって、、、笑
    でも、本の世界が好きになりました。

    と、、色々して参りまして、、

    一見バラバラな事なのですが、わたしには、なにか一つにつながったような気が致します。

    分かりにくい説明ですみません。
    こんな風に自身を振り返る機会を頂いて感謝致しております。

    長々と私事を失礼致しました。

    • リカコ リカコ より:

      miさま
      あとから回収するには、事前にそうなるための「種まきの行動」をしておかなければならないので、それだけの数があれば、今すでにつながりが判明しているものも、これからの未来で回収されていくものも、たくさんあるのでしょうね。または全部がつながって大きなひとつに集約されていくこともあるかもしれず、まだまだこれから気づきが重なっていくのではないかと感じました