困っていない短所の改善に取り組みたくなるのは、焦りや恐れのせい。

誰にでも、短所はあります。度合いはともかく、すべてに秀でた人はいませんから、優れているところもあれば、そうでないところもあるという個人差がありますよね。

その部分の改善に、取り組む必要があるか否かは 「実際、その部分が原因の困ったことが起こっているのか」で判断するほうがいいでしょう。

平均がどうだとか、常識としてこうあるべき、という基準だけを頼りに判断してしまうと、「必要性の高くない取り組みに、時間と労力を山ほど費やす」ことになりかねません。

必要性の判断は、状況との兼ね合いがあるので人により違いがでてきます。

例えば私なら

・泳げません。

・体力があまりありません。

・声が小さいです。

・神経質で悲観的なほうです。

他にもいっぱいありますが、たとえ話なのでこのくらいにします。

どれも、努力すればいくらかは改善すると思います。しかし、私は、そのことで困っていないですので、改善の必要性をあまり感じません。プールや海で泳ぐ楽しみは経験できないけど、泳げないので、そもそもそういう遊び方をしたくならないので。

短所のすべてに取り組みがいらない、という意味ではないですが、改善したほうがいいことと、現状で困る状況になっていないし、今後もならない可能性が高いことは、分けて考える必要があると思います。

問題がないなら「そのままでもいい」という判断がベターになるケースもあります。

必要性がたかくないのに、「しなければならない」と思ってしまうとしたら、そこには「そう思ってしまう原因となる、焦りや恐れがある」はずなので、そちらを見つめていくことが大切であるように思います。

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