不安とは、関心のあらわれでもある。

やりたいことがあるのに動きだせないときに、「労力を注いでも、結果がどうなるかわからないので自分は動きだせないでいる」という考え方を、ついしてしまうものだけれど、

仮に「結果がどうなるかが前もってわかる」なら、きっと行動したくはならないのです。わかりきったことをわざわざやるのは、面倒になるものだからです。

または、結果がわかりきっていることに対して、人はあまり価値を覚えず、強い関心はわかないものではないでしょうか。

結果がどうなるか不安な気持ちはあるとしても、結果がわからないからこそ関心がひかれ、やってみたいという意欲にもつながっているはずです。

月の近くにいる妖精

不安と関心は、つながっています。関心がないことには、特に感情がうごきませんから不安になることはなく、不安が大きいならばそのことへの関心も大きいということです。

つながっている一方をなくして一方を残すのは難しいです。不安がなくなれば、きっと関心の度合いも薄れています。

つながっているものは、そのままでいいのだと思います。

不安をなくそうとせずに、不安があるままでも「これは自分の関心のあらわれでもあるのだ」という認識を加えていき、

できるだけ「関心のほうにフォーカスしていく」と、受け止め方がかわって、行動できることが増えていくでしょう。

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