自分と他人がいるから、流動性がうまれる。

人生で起こることが、自分が望んだことだけ、好きなことだけ、メリットのあることだけ集まるなら幸せだけれど、なかなかそうはならず、

まったく望んでいないことも、わずらわしい他人との関わりも、自分ばかり損をしている気になる出来事も、たくさん起こるものですよね。

けれど、こういう「いろいろなことが起こる状況」があるから、「自分が望んでいる出来事が起こる状況」も、同時につくられているといえるのです

以前に読んだ本の中にあった、株式市場をたとえにして解説してみます。

カップケーキに線香花火

ずいぶん前に読んだ金融関係の本に、こんなことが書いてありました。

記憶の中のことなので、だいたいの要約ですが、

株式市場は、実際の会社の業績とは違う動きをすることがある。たとえばA会社の業績は下がっていても、A会社の株を買いたい人が増えれば株価は上がる。「株を買って株主になり、配当を受けとる」目的ではなく、「一時的な上がり下がりによる利益を目的に株を売買する」投資家もいる。

こうした投資家がいてくれることで、株式市場は活性化するし、流動性もうまれ、株式市場という「取引が行われる場」が保たれる。短いスパンで売ったり買ったりする投資家がいなければ、株式市場には流動性もなく、少ししか変化がおこらなくなる、というようなことでした。

普通に配当を受けとりたい株主からすれば、短期間で売ったり買ったりする人がいることで株価が上下するのは、ちょっと邪魔な面もあるのかもしれませんね。上がるのはいいでしょうが、下がることもあるわけですから。しかし、同時に、そういう人たちがいてくれることで、売買のたびに証券会社にも手数料が入り「市場」が成立していきます。

カラフルなカップケーキに花火

私たちが過ごしているこの世の動きも、株式市場の解釈と同じで、自分を含めて、たくさんの人が、それぞれの目的をもった動きをしている場所なので、

自分がやろうとしている行動が、他人の行動の影響で思うとおりにならないこともあるでしょうし、自分が努力をして実力をつけても、そのとおりに評価が上がらないこともあれば、まったく別の予想外の理由で上がることもあり、いろいろなことが起こります。

他人の動きは、自分からすればときに迷惑だったり、邪魔だったりするけれど笑、しかし「他人がいてくれて、自分とは別の動きをしてくれるからこそ、流動性のある社会という場所が成立していく」のですよね。

流動性がないなら、何をどう頑張ってもチャンスも少なく、変化もほとんど起こらないという、やりがいのない状況になってしまいますが、

流動性があるから、自分にメリットがあるチャンスが来たり、望んだことが叶っていったりという、変化が起こることにもなるのです

そう考えると、いろんな人がいて、いろんなことが起こる、このカオスな状況も有り難いことなのです。だからこそ、思い通りにいかないこともあるけれど、同時に、思い通りにいくための機会を与えてくれてもいるのですよね。

コメント

  1. miotsukushi999 より:

    素晴らしい考え方ですね。
    そう考えると、どんな人に対しても感謝しかないなと思います(*´∇`*)

    • リカコ リカコ より:

      miotsukushi999さま

      お互いに、存在していることで
      助けあっているのがこの世という場所であるようです