守護霊からのヒントは、自分の思考を通して伝えられる。

すべての人に、霊的な観点からの導き役である、守護霊という存在がいて、この世での人生の学びを見守っています。

「守」「護」という、二つの「まもる」文字の印象から、困難を遠ざけて、自分を楽にしてくれる存在のように思えてしまうけれど、

自分の側からみた、守護霊の役割とは、自分がこの人生をしっかりと進んでいくために、必要に応じて、旗振り役や案内役をしてくれる、「優れた知恵を備える、もう一人の自分がいる」というような位置付けとなります。

守護霊は、あちらの世界から、こちらの側のすべてを把握していて、必要なときに、必要な導きを与えてくれるけれども、

この人生を進んでいくのは、自分自身なのです。

そのために、必要なことを考え、ふさわしい行動をとるのも、自分自身です。

たとえば、日常のできごとについて、自分のこの選択肢がふさわしいだろうかとか、このことを止めたほうがいいだろうかという、ひとつひとつについて、守護霊が、ああしろ、こうすべきと、口を出すことはありません。

そういうことは、自分で考えて決めることが経験という学びであり、自由意思を尊重されているからです。学びをサポートすることはあっても、決定という機会や責任を代わってしまっては、せっかくの経験から必要なことが身につきませんからね。

守護霊が伝えてくることがあるとしたら、もっと広く大局的なこと、全体的なことです。または、いろいろ迷ったり考えたりしていることがあるなら、それらを整理して、前に進ませるための「少しのヒント」を与えてくれることはあると思います。

そういうときは、自分の「思考」「意識」「心の動き」を通して、守護霊からの伝達がなされることが多いです。自分と守護霊は、たましいの領域でつながっているので、そうしたやりとりが可能であり、こうした伝え方が一番、自然な形だといえるでしょう。

自分だけで考えているつもりの思考の中、世の中の出来事などに対して、抱く印象や感情などの中に、守護霊からのヒントが、あるいは含まれているかもしれません。

けれど、たくさんの意識活動のうちの、どれが該当し、どれがそうでないのかという明確な区分けをすることはできません。できない理由は、その必要がないからでしょうね。

思考も、判断も、選択も、すべては自分が行うことであり、その学びのために私たちはここにいて、守護霊はそれを見守っていくという位置付けです。たくさんの思考の中から、メッセージを選り分けるような「正解探し」は不要で、自主性をもってこの人生を進ませていくという姿勢が、大事なのだろうと思います。

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