感情を使わずに内に留めると、「重さ」が生じて否定的になる。

人が日常で発生させる「感情」というのは、どのような種類のものでも、大元は同じエネルギーです。

あらわれ方が「怒り」であっても、「不満」であっても、「喜び」であっても、「高揚感」であっても、エネルギーとしては隔たりのないひとつのもので、あらわれ方の違いがあるだけなのですが、怒りと喜びは、かなり差があるように思えますよね。

それは両者の「重さ~軽さ」の違いでもあり、「否定的~肯定的」の違いでもあります。

エネルギーには、作用を起こす力があります。それがうまく働かずに、使われないまま留まると、だんだんと「重さ」が生じます。

たとえば水洗いをするとき、水をためてあらうより、流水で洗うほうが、水は清さが保たれますよね。動きがあるほうが、常に入れ替わりがあるのでフレッシュさが保たれます。動きがあるということは、フレッシュな軽さを保つことになります。

感情もまた、内にためてしまうと、だんだんと重さが生じて、エネルギーとしてのフレッシュさが薄れていきます。

本来、動きがあるものを留めてしまい、入れ替わりがなされないと、そこに重さがでてしまうのは、水も、感情も同じしくみです。

普段から、これらをよく動かしておくことが大事です。

日ごろから適度に感情エネルギーが使われていれば(動きがついていることになり、留まっている重さが生じにくいので)、ほどよい感情の発揮となり問題はないのですが、何かの事情で感情を内に留めた状態のものが、一度に外に向かう際に、それが自分の思っている以上に、否定的になったり破壊的になったりしてしまうことがあります。

そんなつもりではないのに、自分の口からでた言葉の強さに驚いてしまう経験をもつ人は少なくないと思います。そういうケースは、おそらく、内に感情を留めすぎていて、ガマンしている何かがあったものと思います。

つまり、普段から感情をほどよく動かして、外に向けて発揮していれば、そういうケースは最小限になるでしょう。

それは怒りを小出しにするという意味ではなくて、あらゆる種類の感情を、日頃から使っていればという意味ですよ。感情の大元は、同じひとつのエネルギーですから。

感情を普段から動かしておかないから、内側で重さが生じるのであり、動かしていれば、そもそも、そう簡単に怒りと結びつくような動きにはならないものなのです。

明るくて肯定的な性格の人が、否定的な言動をとらないのは、「否定的な感情を抱かないから」・・・ではなく、「感情というエネルギーを、日頃から発揮して動かしているので、内側で留まることによる重さが生じにくく、否定的な発揮になりにくいから(肯定的にエネルギーを使える)」ということです。

不満な感情が出やすい人が、それを解消したいと思うなら、「不満な感情を抱かないこと」ではなく「感情というエネルギーを使わないまま内に留めている」状態に気づき、日頃から使っていくことなのです。

不満は、最初から不満というエネルギーだったのではないんですね。感情という共通エネルギーを、不満に「してしまっている」のは、使わずにとどめている自分自身です。

喜怒哀楽の「もと」は同じなのです。ほどよく、いろんな方向につかって動かしていくことで、軽くて肯定的なあらわれを増やしていくことができるのです。

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