「合うもの」を選ぶことは、自分を「順行」の流れにおき、スムーズに動いていくことを助けます。
たとえば、「似合う服」を着ると、そのまま似合うので、工夫とか努力とかは特に必要ではありませんよね。
「似合わない服」を着ると、そのままでは似合わないので、なんとか形になるようにアレンジしたり、組み合わせを工夫したりして見栄えを整えるという、ひと手間が掛かります。その服をいかすために、小物やアクセを買いたしたり、ああでもないこうでもないと、組み合わせを考えたりという労力が掛かります。
洋服だけのことなら、そうした工夫が楽しみになることもあるでしょう。
しかし、生活全般にあてはめてみると、合わせるための工夫がたくさん必要になったら、いつも慌ただしく、ストレスいっぱいになってしまいます。
広い意味で、自分に「合っていること」や「向いていること」はうまくいったり、形になっていくためのプロセスが最小限ですみ、「合わないことを何とかしようとする」と、たくさんの工夫や努力が必要になります。
合っていることを選ぶことで、得られるメリットは大きいです。
社会生活の上で、自分に合うか、そうでないかを「自分では選べない(他人が決める)状況」になることが多々あるものです。
たとえば会社内での役割分担で、苦手な役割にまわされてしまう場合などです。
こういう場合は、受け入れて合わせていく努力が必要です。
しかし、「自分で、選べる事柄」については、合うものを選べば、ストレスが少なくなりますね。
「合わないものを、合うよう」にしようとしたり、合わないことから目をそらして「合うように振る舞おう」とすると、いろんな負荷がたくさん出てきますから。
中には、そうした努力や工夫をしてでも、その選択肢をとることが自分に必要な場合もありますよね、それがアピールになるとか、そのプロセスもふくめての目的があるとか。
そういうことなら(ちゃんと目的があってことだから)、必ずしも効率や負荷の少なさを重視しなくてもいいでしょう。
そうしたケースを除いて、とくにこだわりのない部分においては、合うものを選ぶという意識をもつと、無意識でいるよりずっと、自分を楽にすることができますし、自分らしさを出すことにも繋がっていきますね。
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