どれほどに冷静な思考でも、それは「自分寄り」になっている。

世の中の出来事に対する受け止め方や、相手はこういうタイプの人だなという印象は、「自分の内側でつくられる、自分の反応」ですから、どうしても、自分の思い込みは入ります。客観的事実の、そのままを受けとめてはいないものです。

自分の内側の反応ですから、そういうものです。

そのことをわかっておき、割り引いた受け止め方をしていくことは大事なことだと思います。

自分の内側のセンサーで受けとめたことは、その時点で既に、「自分寄り」になっているものです。自分側に引き寄せることで、解釈がつくられていきますからね。

自分寄りというのは、自分に甘く有利にするという意味ではなくて、主観が乗ってしまうという意味です。

思い入れを省きたい、なるべく客観に近づけようと、何度も、丁寧に、「自分で分析をすること」を繰り返したとしても、それは、自分の解釈がなされる範囲での、自分の内的な領域内でのことですから、その方法では限度があります。

むしろ、自分の頭だけで考えれば考えるほどに、事実ではない複雑なこじつけになったり、自分がこうだと思うことを正当化になったりしてしまうかもしれません。

自分の思考を、自分で分析して、客観的事実のほうに寄せていくというのは、誰にとっても難しいことです。

思考力が高くて、自分でもそれをよくわかっている人ほど、(得意なことを、使おうとするのは自然なことなので)自分の思考内のみで、ものごとを把握しようとしてしまうものですが、

外へ向かう行動をとって、自分の中に新たな経験を増やしたり、他人と関わって、他人の意見とのすりあわせで比較から気づくという、やりとりの機会が役立つ面は大きいです。

自分寄り、になりすぎる思考や解釈を、ちょうどよい距離へと、広げてくれることになるからです。

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