楽しみを、自分に許可できない人は、「理由」を用意する。

この人生において、楽しむという経験も大切です。

楽しむことは、悪いことではないですよね。

ですが、それをなかなか自分に許可できない性質の人がいるものです。真面目で、悲観的なタイプの人は、「楽しむという行為は、責任や役割を放棄して、怠けることである」という受け止め方になり、

そういう行いをしてしまうと、自分が後から大変になるのではないか、という怖れから、楽しみを、シンプルに味わうことが難しいのです。

「楽しむ」と、「楽をする」は、同じ漢字が使われます。

このタイプの人は、楽しむために労力を使うことは、手抜きのような気がして、自分を甘やかしているような感覚にもなり、そうするといつか、その分の罰がやってくるような気がして、楽しみの行動をとれません。

そのため、常に緊張して過ごしています。楽しむどころか、力を抜くことすらも難しいです。

しかし、本人的には、負荷が掛かっている状態のほうが落ち着くんですね。リラックスして楽しむことのほうが、「これでいいのか」という不安をかきたてます。

責任感の強い青系のオーラの人と、優しくて心配性の紫のオーラの人に、この傾向が強くでることが多いように思います。特に紫のオーラの人は、「自分だけの楽しみ」の経験が、他の人に悪いような気がして、頑張りすぎてしまうところがあります。

心の深いところで、怖れと結びついている認識を変えていくのはとても難しいことです。

こういうタイプの人には、楽しみの行動をとるための、「大義名分」があるといいのです。

ただ楽しむという手抜き(という認識に、本人的にはどうしてもなってしまう)の行いではない、もっと別の目的があって、そのためにあえて、この一見、楽しみをもとめているかのような、行動を自分はとるのだ、という「理由」があるほうが、行動をしやすくなりますから、それを考えるか、見つけましょう。

なんだかまわりくどいようですが、そのほうが「楽」なのだから、それでいいのです。

他人に説明ができるような、もっともらしい理由を、自分のために用意しておくだけで、ぐっと気持ちが「楽」になります。

たとえば、「社会経験を積むため」とか、「他人の気持ちを理解するために、自分の好みではない行動をあえてとってみる」とか、「知人の顔をたてるために、この誘いをうけることにしたのだ」というような、文章化できるような理由があると、行動をおこしやすいのです。

実際の、その「理由」を、他者に述べる場面はこないとしても、一応、説明ができるものが「ある」ということが、心を落ち着かせてくれます。

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