「甘えることが上手」な人は、こうなったらいい、こうしてほしいという意向があるとき、相手にお願いをしたり、頼ったりして、その状況にもっていくことができます。
「自分を弱くみせることが上手」であり、言い換えると「自分を弱くみせることに抵抗感がない」のでしょうね。
こういうことを、わりきってうまくやれると、楽になるのでしょうけれど、それができない人、甘えることが苦手な人も結構います。
「甘えることが上手」な人は、自分を弱くみせることに抵抗感が少なく、
「甘えることが苦手」な人はその逆で、「自分を弱くみせることに、抵抗感が大きい」です。
「そうしてまで、相手に動いてもらわなくてもいい」「それなら、自分でやるから他力など不要だ」と考えるので、なるべく自分の力だけで頑張ろうとします。
自力でやろうとする姿勢は素晴らしいですが、ときには、どうしても自分だけではできず、相手に動いてもらう必要性が生じることもあります。
そういうときに、「甘えることが苦手」な人がとる「方法」は、「怒り」や「不愉快さ」を示すことです。
そういう態度をしてみせることで、相手を動かそうとします。
これはある意味「甘えることが苦手な人の、甘え方」なのかもしれません。
本人的には、そういうつもりは微塵もないでしょうけれど、客観的に見れば、そういう方法での甘えなのかな、と。
これは、どちらがいいとか悪いとかではないので、「怒りで相手を動かそうとする人」に遭遇したときに、このことが当てはまっているかもしれませんので、解釈の参考にしてみてください。
コメント
「そうしてまで、相手に動いてもらわなくてもいい」
「それなら、自分でやるから 他力など不要だ」
ほぼこの言葉どおりに考える自分を思い起こし、汗顔の至りなのですが、
あまりにズバリなので、なんか笑ってしまいました。
助けてもらうのも学びのうち、と気づかせて頂き、意識は変わりつつあるんですけど…。
「怒り」や「不愉快さ」を示すというのも大いに思い当たり、苦笑いです。
「自分を弱くみせることに、抵抗感が大きい」どころか、そもそも自分が自分の弱さを認めたくない・認められないところからの出発だから、発信の仕方がこじれるのだろうなぁ…なんて、思いを馳せました。
いつもながら、勉強になります、ありがとうございます✨
いざりさま
真面目な人や、自力が大きい人は、
自分でできる限り、完璧をめざしてやりたい、という思いもあるでしょうからね。
ですが、そのように進まないときに、
感情のあらわれが、否定的になってしまう、ということなのかなと思います。