どのような経験を重ねるか、という基準として。

人がこの世に生まれてくるのは、たましいを磨く経験をするためです。

どのようなこともすべて、広い意味での成長に役立つようになっていて、無駄な経験はありません。

とはいえ、それは「たましいの観点」という壮大なスケールから考えた場合であり、「今回の人生という限定した期間」の、社会生活の送り方という観点でとらえるならば、あまりに広すぎるとらえ方では曖昧になります。

その際の考え方のひとつとして。

年齢が若いうちは、何でも雑多に経験していき、経験の「数」を増やしたり「範囲」を広くしたりすることが向いていて

ある程度の年齢になったら、その時点から先を見越して、必要度や関心度に応じた内容を「選んでいく」ことが向いていると思います

若いうちの経験は、いろいろなことを広くやることがあっていて、むしろ「範囲をしぼらないほうがいい」のだと思います。学校の勉強と同じで、その知識が直接に役立つものではなくても、思考力や解決方法というスキルを培うことには役立ちますよね。

たとえば関数だの、外国の歴史だのを、大人になってから仕事でいかす機会がある人は、全人口のうちのごくわずかだとしても、

そうして勉強する経験が、新しい知識を覚えなければならないときの「覚え方」がみについたり、「ものごとの考え方」が磨かれることになったりという形で、皆に等しく役立つものではないでしょうか。

そして、ある程度の年齢を重ねていく段階になったら、そこからは「範囲をしぼる」ことも必要になるでしょうね。人それぞれ、進む道において、使う頻度が高い知識、身につけておくべきスキルの分野などに違いがありますから、

この先の人生を考えた場合に、今何をすることが必要かという現実的な規準で考えるのがいいと思います。

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