悩みや迷いがあって考えているときに、ふと「そういえば自分は、いつも同じところで立ち止まって進めなくなっている?」と気づくことがあります。
出来事や相手は違っていても、似たような内容を繰り返しているなら「自分は成長していないのかな?」とがっかりしてしまいそうですが、
むしろ逆で、これは、成長のあらわれです。ある段階まで進んでいくと、「悩みや迷いの内容は同じになっていく」ものなのです。
自分が抱く悩みや迷いを、岩のような「大きなかたまり」に例えると、個別の内容としては、「人間関係」「仕事」「お金」「思うようにならない怒り」「うまくできない苦しさ」など、いろいろなものがあります。
努力をして立ち向かい、前より人間関係がうまくいき、仕事のコツもつかめていくようになると、悩みの「かたまり」は小さくなります。つまり、自分が成長していけば、悩みのかたまりはサイズが小さくなって、より中心に近いものになっていく、ということです。
表面的な悩みを解決したり、乗り越えたりして減らし、それでも残っていくのは「根本的な悩み」です。これらは表面のことと違ってバリエーションはつきません。深いところにある価値観に根ざし、いつもの思考パターンと、いつもの行動パターンが反映した、似たような事柄になるのです。
まだ成長が十分になされていないときは、悩みや迷いの内容はバラバラですが、成長が進んでいくほどに表面的なことに左右されなくなり、意識の向かう先は「中心に揃っていく」ようになりますから、
同じことに何度も直面して立ち止まる状況とは、
その段階まで、進んできている証拠でもあるのです。
表面的な悩みや迷いは、ちょっとの気分の切り替えとか、コツをつかむことで、ちゃっちゃっと切り抜けていけることもあるけれど、さらに進んだ「この段階」になると、この「かたまり」が結構、頑丈になっていてですね笑、簡単には(これまでのような度合では)いかないのですが・・・、
ここまできたら「あと少し」ですから、
じっくりと、腰を据えてとりくんでいくことです。
コメント
数年前から、この記事のようにいつも似たような状況で悩んでる事に気付き、『これは、今生の課題の中でも大きなテーマっぽいな』とぼんやり考えていました。
なかなかクリア出来なくて情けないし、何よりとても苦しく(T_T)
でも、成長のあらわれと言っていただくと、今までの苦しみを、『充実』と捉える事も出来ます。。。。いや、やっぱり苦しいです(笑)
あと少しなのかな・・・
リカコさんのブログに何度も救われてます。
本当にありがとうございます。
どらどら様
表面的な迷いを解決して、中心に近いところまで掘り進んだときには、
出来事は違っていても「同じパターンの問題」として内容が揃ってきます。
そこからの解決や改善の方法としては、「同じパターンの出来事が引き起こされるのは、自分の思考や行動のどの部分が関連しているか」という考え方をしてみることですね
中年になって、子供の頃からなんとなく見過ごされていた問題が大きくなってきました。余計なものを取り除いていったら骨が見えてきたイメージです。
この記事を読んで、問題が現れたのではなく、問題の本質まで到達したのかな、と思いました。
明太子さま
わかりやすい表面にある細かい問題がクリアされていくことで、より本質的なものが認識されやすくなるというのはあると思います。
表面にある問題は「とりのぞく」という対処法が適しているケースも結構ありますが、
より中心に近い本質的なところにある問題は、そのことを「どう扱うか」という方向で考えていき、「環境」「道具」「しくみ」「パターン」などの対処法を見つけていくものひとつの方法かなと思います