自分の中に否定があると、相手の中にも否定的要素を探してしまう。

自分の中に「否定」がある人は、他人のことをみるときも「否定的な要素を探そう」としてしまいます。そうして作られた人間関係は、なかなかうまくいかないか、最初はよくても途中でこじれてしまいがちです。というか「自分自身がこじらせて」しまうことが多いです。

なぜなら、相手のできないところ、かわいそうなところ、たりないところにフォーカスし、それを「助ける自分になろうとする」ことで、自分の中にある否定を(無意識ですが)正当化しようとしてしまうからです。

植物の妖精

自分の中に否定があると、相手にもそういう目線を向けてしまい、全体像より個別の「否定的な要素」が目立って感じられてしまいます。そうなると、親切な人ほど、相手のために何かをしてあげたくなるのだけれど、それがどうも「上から目線」になりがちなんですよね。もちろん本人的には微塵もそんなつもりはなくて、相手のためになろうとする思いですが、そこが微妙にかみ合わなくなる原因になります。

相手側の立場を想像してみればわかります。ごく一部分をやたらと大きく解釈をされて、助けられたり、親切にされたりするのは、ありがたい気持ちもあるけれど、そればかりにはなりません。

あなたはここがダメだという前提での助けをありがたがるのは、依存的な人か、被害者でいたい人くらいで、普通の人は「肯定的にとらえてもらいたい」し「よいところを見てほしい」ので、それではいい関係がつくられないのです。

相手を肯定的にとらえていけることが、いい関係をつくるためには大事で、そのためには「自分が肯定的でいられること」が必要です。自分がそうなっていなければ、相手を見る目線も同じになってしまうからです。

肯定的な自分をあらわしていく中でつくられる人間関係は、プラスの結びつきとなって、お互いに実りを渡しあえる理想的な関係になります。

そのためには、相手への見方を肯定的に変えるという「外側」「表面」のとりくみでは、一時的にはよくてもすぐに元に戻ってしまいますから、自分の「内側」を見つめてみることです。そして否定している部分を解消していくことなのですが、「無理やりなポジティブシンキングの意味づけをすることではない」ので、注意してくださいね。それでは内側でますますこじれてしまうだけになりますので(>_<)。

自分を否定してしまうには、やはりそうなるにいたる理由があるんです。その理由を解消していく「具体的なとりくみ」が必要になります。

※この件について、自分も当てはまるかもと思う方がいれば、コメント内にお書きいただければ、可能な範囲で簡単なアドバイスを差し上げられます。よろしければご利用ください。

コメント

  1. 三恵 より:

    自分を否定する理由、なんとなく思いあたります。が、それを真正面から解消するのは傷口をひろげる?ようなものかもしれないですね。最近は少しメイクなど今まであまり頑張って来なかったものに時間を使っています。そうすると他の人のチャームポイントを探している自分がいます。今までにはない感覚です。これも自分を否定することを少しは解消しているのでしょうか?また自分ではわかっていない否定に気付くコツはありますか?また、やってみたいと思うことに迷いや不安がある時も否定と何か関係ありますでしょうか。

    • リカコリカコ より:

      三恵さま

      先日は、セッションをご利用いただきありがとうございました!否定している部分を認めて直視するのは苦しさもありますよね。大きなものを丸ごと見つめていくのは負荷が大きいので、小さくわけて、できるところから緩やかにとりくむのがいいと思います。メイクなど、これまであまり手掛けてこなかったところに手をいれる、というのもとても効果的です。考え方などの形がないものより、メイクなどの「形があるもののほうが変化をつけやすい」です。

      自分でわかっていない否定に気づくコツは、「既にわかっている否定に、取り組む行動をしていくこと」です。今回のメイクへの頑張りなどもとてもいいですね。そうして「実際に行動」をしていくうちに、別の否定にも(そういうものがあれば)気づく時期がやってきます。自分の深いところですべてはつながっているからです。

      否定が少なくなっていくと、自信もでてくるので、新しいことや、やりたいことへの不安は薄れて、むしろ「期待感」で「はやくやってみたく」なります。そうなるように少しずつ、進んでいけたらいいですね!

  2. 奈津子 より:

    自分の中の否定は、仕事のことであります。母から、非正規雇用の理不尽さや辛さを聞かされながら育ったため、非正規になってはだめ、今の正規の仕事を辞めてはいけないと思っていました。しかし、夫や義父母からは、家族の面倒を見るため仕事を辞めるか非正規になるなど今よりセーブして欲しいと思われていると感じます。板挟みで気持ちが揺れます。何か良い解決策が有れば教えて頂きたいです。

    • リカコリカコ より:

      奈津子さま

      コメントを拝見する限りでは、ご自分への否定とは「自分の考えを低くとらえていて、他者の考えを優先」しているという部分にありそうに思います。
      お母様のいっていることも事実としてはそのとおりで、ご主人や義父母さんが思っていることも大事なことではありますから、どれも「部分的には間違ってはいない意見」です。どちらか一方だけが正しいのではないから判断がつかないのでしょう。ならば、そこで、優先すべきものを決めるのは(そうした事実や状況をふまえた上で判断を下すのは)自分、だと思います。

      自分の判断に自信がなくなって、判断基準を外に求めていることからの迷いだと思うので、

      まず、この判断をする前に「自分自身について」見つめなおす機会をもち、自分を信じる気持ちを取り戻していくといいと思います

      • 奈津子 より:

        返信頂きありがとうございます。自分自身について見つめ直し、自分を信じる気持ちを取り戻したいと思います。

  3. ケンタ より:

    先日はセッションありがとうございました。無事試験の願書を出し、あとは頑張るだけです。
    自分の中の「否定」⇒自分に自信が持てない。なぜが自分を信じられない、どこかで疑っている。本当に自分の選択はあっているのか?自分の選択に自信が持てない、他人に流されやすい。他人軸になりやすい状況なのではいかと思います。そして、他者にも否定的にとらえやすい。相手の良いところがなかなみえにくくなり人間関係もギクシャクしてしまうこともありました。
    そう至るにはその理由がある。その通りです。今までの想いや行動がそうさしていたのは間違いないですが、解消するための「具体的な取り組み」とはどのようなことがあげられるでしょうか?
    私に限らず、皆に共通するものでも構わないのでお教えいただけないでしょうか?可能であればコメントへの返信お願い致します。

    • リカコリカコ より:

      ケンタさま

      こちらこそご利用をいただき、ありがとうございました!
      否定を解消するためには、わいてくる否定感に押し返されないようにして「自分がやるべきことをする」「自分にとってよりよい選択をする」ことを積み重ねていくことです。試験をうけることをきめて、上司に相談をして、願書をつくるという作業もすべて、自分にとってよいことを選択していく動きになりますから頑張ってください。

      解消するための「具体的なとりくみ」とは、どのような場合でも「行動」です。想いを変えることは難しく(一瞬は変えられても持続ができないので)、行動を変えるほうが簡単です。とるべき行動を繰り返していけば習慣となって、そうすることが普通になっていくので、行動のほうが変えやすいのです。

      • ケンタ より:

        リカコ先生
        返信ありがとうございます。
        「試験を受けると決め、上司に相談、願書を作る作業もすべて、自分にとってよいことを選択していく動き」嬉しい文章ありがとうございます。

        頑張ります。

        コメントに関して2点質問があるのですがよろしいでしょうか?
        リカコ先生のブログを拝見している方に対しても参考になるようでしたらご返答お願い致します
        1点目:わいてくる否定感に押し返されないように:この言葉は自分の想いを否定する、消すという意味ではないですよね?
        例えば、トレーニングをしようという瞬間にいや、今日は疲れたからやめておこうという目標にさからってしまう感情はいくらでもでてきます。この感情は時と場合によってだいぶ意味が変わってしまいますが。
        あくまでも、否定感を抱いているという認識を行い、この否定感と自分のやるべきことと比べてどうなのかと自分の中で討論するという解釈でよろしいでしょうか?
        2点目:先生がおっしゃるように「行動」はとても大事です。しかし「想い」が伴っていないと「行動」も中途半端になるなという感覚を僕は持っているのですが、やはり「想い」はおいておいて「行動」を繰り返すことで習慣、当たり前にしていくという方が効率的であるという意味でしょうか?長文申し訳ありません。ご確認していただけたら嬉しいです。何卒よろしくお願い申し上げます。

        • リカコリカコ より:

          ケンタさま

          ここ最近のブログでとりあげている「自分の中に否定がある」とは「自分を認めずに否定している」「自分を低評価している」等の、自分に対する自己認識のことですよ。
          お書きいただいているコメントのような「やりたくない」とか「やめよう」という「ネガティブな感情」のことではないです。

          そこを混ぜてしまうと、解釈がまったく違ったものになってしまいます。
          よって、いただいたコメントへの返信は(私がお伝えしていることと、質問の方向性が揃っていませんので)控えさせていただきます。

          • ケンタ より:

            りかこ先生
            承知致しました。
            異なった解釈申し訳ありませんでした。
            とにかく「行動」ですね。
            地球で生まれてきたからには行動優先します!
            ありがとうございます。

          • リカコリカコ より:

            自分が自分をどうとらえているかという「自己認識」について、自分はダメだと思っている、自分を低評価している、自分を信じていない等の、否定の認識がある場合の、判断の歪みについて書いているのがここ数日の一連の記事になります。そうした観点から再度、記事をご覧いただければ、役立つ解釈ができるのではと思います。ありがとうございました。

  4. ケンタ より:

    リカコ先生
    いつもお世話になっております。

    再度、記事を拝見しました。
    自分の例ということになってしまいますが、私の考えが間違っていないかのご回答だけいただければ幸いでございます。
    自分はダメ、否定⇒試験の応募をした。でも書類審査があり、もしかしたら試験自体受けれないかもしれないという自分への低評価
    先生が言う、否定感が上記のような感じでよろしいでしょうか?
    自分がやるべきことをする行動⇒上記のような否定感を感じているのではなく、試験の勉強、面接の練習などの行動を起こす。
    ということが先生がおっしゃている「とるべき行動」ということでよろしいでしょうか>度々申し訳ございませんが回答いただければ嬉しいです。
    何卒よろしくお願い申し上げます。

    • リカコリカコ より:

      コメントで対応させていただくのは、他の方にも当てはまる「一般的なこと」や「簡易なこと」に限らせていただいています。以前のセッションの内容をふまえた、個人的な事柄への対応をどこまでもし続けるのは、当初の主旨から変わってきますので、必要があれば、どうぞセッションをご利用いただき、その時間内で疑問を解消していただくようにお願いします。セッションを依頼することではない疑問であれば、いろいろお考えになって、ご自身で解釈を深めてみてください。

      コメントでいただく質問の対応は、ご覧になる方の理解が深まればという思いから行っていますが、しかし、私自身も時間と労力は無限ではない以上、対応できる範囲には限りがあります。どうぞご理解をお願いします。

  5. ケンタ より:

    リカコ先生
    返信遅くなりました。
    その通りですね。質問内容注意します。
    自身でいろいろ考え、解釈を深めていきたいです。
    書類審査無事合格しました。
    自信をもって、二次試験迎えられるようしっかり準備したと思います。
    これからもどうぞよろしくお願いいたします。