本当はそのことができる力があるのに「できない」ことにしたり、もっと高いレベルのことができるのに「そこまでは無理」としていたり、私たちはなぜか、本当の力をあらわすことを避けていて、未熟な自分を演じているところがあるものです。
それは、もっとちゃんとできるようになってからでないと、できると言えないという自信のなさだったり、他の人よりうまくできたら妬まれるので隠しておきたいという恐れだったり。それぞれの理由があって力を上限までは「出さずにためたまま」にしているのですが、
力を出していかなければ、さらに磨かれる機会がないままとなり、他の人よりうまくできることを示していかないと、未熟な自分像をいつまでも演じ続けることになり、妬まれることはないかわりに別の意味で苦しくなります。
これまで、自分はできないとしていたことをひっくり返して、できるとしたり、やっていくとしたりするのは、なんだかちょっと恥ずかしさがあるような、、、微妙な気持ちになってしまうけれど、勇気を出して「力を出す」と決めてみてはどうでしょう。
そもそも、主張をひっくり返すようで恥ずかしいと気にしているのはたぶん自分だけで笑、他人はそこまで深く気にしていないしわかっていないと思います。
また「恐れと不安」は、他人との間にあるのではなく、自分と自分との間に挟まっている感情であることが多いです。
本当の自分と、演じている自分に「開きがあればあるほど」いろんな感情がはさまってしまうのだから、等身大の自分らしさを出すようにして「隙間をつくらないように」していけば、そうした面倒くさい感情はでてこなくなくなります。
力を出さない状態から、出していく本来の状態にしていく「過渡期」「移行期」は二倍の負荷が掛かって大変さはあるけれど、そこを超えていけたら、きっと何倍もの楽しさとやりがいがでてくるでしょう!
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