ほんの少しの共通点でも、波長の法則は成立する。

この世には、同じ要素をもつもの同士が引きあうという、スピリチュアルな規則性があります。

自分が経験する物事も、関わりが作られる人間関係も、何かしらの同じ要素が引きあって展開するようになっていて、このしくみを「波長の法則」といいます。

そのことから解釈すれば、自分と関わりをもつことになる人はすべて、広い意味でいえば、「自分と同じ要素を持っている相手」ということになります。

しかし、自分の周りにいる人達には、それぞれ別の個性があり、共通点があるようには思えない場合もあるでしょう。

人格者の上司、まったく話が合わずに困ってしまう同僚、依存的な部下、というように、個性も価値観もバラバラで、いったいどこが同じなのだろう?と思えてしまうかもしれません。

しかし、それでも、波長の法則は作用しています。

「同じ要素を持つもの同士」というのは、何もかもがまったく同じという意味ではないのです。ほんの一部分が同じだったり、自分では気づきにくいところが同じという場合もります。

自分の波長とは、幅広いものです。上から下まで、いろんな周波数を発していると思ってください。

そして、相手の波長もまた、幅広いのです。

自分と相手が、同じ要素で引き合っているといっても、そのすべてが一致しているということではなく、「一部が同じであれば、波長の法則は成立する」ので、自分と波長が引き合っている人達にも、いろんなタイプの人がいるわけです。

たとえば、人格者の上司とは、正義感が強くてしっかりしているところが同じで、話がかみ合わない同僚とは、他人をあまり気にせず自己完結するところが似ていて、依存的な部下とは、出しゃばりではないところが似ている、というような、自分のもっている一部の何かが、それぞれ引きあっていて、社会の関係性が成立している場合もあるのです。

自分の周囲の人達は、自分のもつ「一部分」が、それぞれ少しずつ反映された人の集まりである、といえます。

相手からみた自分もまた、相手自身の一部分をあらわしている、(周囲にいる大勢のうちの)ひとり、ということになります。

すべての人間関係には、そうしたしくみの繋がりがあり、お互いに、何かを気づかせたり、きっかけになったり、刺激を与え合っているのですね。

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