教えることは、自分が学ぶことでもあります。

教えることは、相手の成長を助けることになります。

同時に、教えるという経験は、自分を成長させることにもなります。

相手のためにしていることのようでも、その経験から自分が得られていることも大きいのです。

幻想的な世界の女王

たとえば「与える側」だった自分が、「いただく側」になるとします。逆の立場になることで、全体像をとらえやすくなったり、多角的なものの見方ができるようになったりして、理解が深まることがありますよね。

いただく側からみた、与える側への印象とはこうなるのかと気づいたり、与える側として、こういう点に注意してみようかと自分の改善点を見つけたりできます。

このように、逆の立場になることで、はじめてわかることがあります。

これは「学び」についても当てはまり、学ぶ立場でいるときにはわからないことが、教える立場になることでわかり、自分の学びが加速していくことは多いものです。

基本的な要素の復習になったり、教えるために、頭の中で文章化してみることが理解を深めることになったり、教えるという経験から、自分も学ばされていくようになります。

もしも、これまでに長い時間を掛けて、教わっていること、学んでいることがあるなら、いずれは「教える側になる」ことも考えてみてはどうでしょう。

それが可能かどうかは学んでいる事柄にもよるでしょうけれど、教えることで相手の成長を助け、その経験から自分も成長できるという繋がりは、とても理想的だなと思います。

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