できることを、可能なスピードで進むこと。

当たり前のことですが、できることしかできず、可能な早さでしか進みません。すべての物事はそうです。

無理をしても、どこかにしわ寄せが発生し、ある意味帳尻が合うというか、無理をして進んだ分と同じ振り幅で、いずれ返ってくることになります。

焦りの気持ちが出てきて、とにかく何でもいいから、少しでも前に進みたいと思ったり、実際に、突っ走る行動に出てしまうこともありますが、その人独自のペースというものもありますし、その行動にふさわしい進み方があります。

 

また、その事柄にふさわしい速度というものがあり、速すぎても効果的でないこともあります。

たとえば、選挙カーは、あまり早くもなく遅くもないスピードで動くものだと思います。あまりゆっくりでは渋滞を招いて、市民感情を損ねますし(笑)、かといって、道行く市民が気づいて振り向く余裕くらいはなければ、「候補者のアピール」という意味をなしませんよね。

その出来事の「目的」に見合った進み方というものが、それぞれにあります。

この複雑な事象が織りなす世の中で、100m競争のように、「早く駆け抜けるのが一番」という仕組みになっているものは、それほど多くはありません。むしろ、スピードだけにこだわると、本来の用途を成さないものの方が多いのではないでしょうか。

まずは「目的」があって、そのことに向かっていくふさわしい速度があります。「速さ」は、(場合によっては有効となることもある)付加価値であり、目的そのものではありません。

といっても、何でも時間をかければいいというものでもないので、速度を優先した方がいい場合ももちろんありますが、どちらにしても「速いか、遅いか」という基準のみで解釈すると、本来の目的が曖昧になってしまうこともあります。

焦りの気持ちが出てきたときには、「自分との対話」をして、よく考えてみるとよいでしょう。

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