相手を思うエネルギーは、相手へ(一部分は)届く。

「こんなふうになったらいいな」「この件はどうなるかな」などと、私たちは日々いろいろなことを「思い」ますよね。

「思うこと」は、「エネルギーを作り出すこと」でもあります。

発言や行動のようには、表にあらわれないため、思うことは、内側のみで発生して、そのうち消えていくもののようにイメージしてしまいますが、

思うことも、エネルギーレベルでのあらわれがあります。

特定の相手に対して、「あの人は元気でがんばっているかな」「幸せでいてくれたらいい」と、相手を思い出したり、思いやったりすると、

そうして作られた、思いのエネルギーは、相手のところへ届きます

ただし、相手へ届くのは、自分から作り出されたエネルギーのうち一部分だけであり、全部が届くことにはなりません。

スピリチュアルなエネルギーの領域は、この世の物理的な、時間、空間、距離などにとらわれないので、

居場所がわからない相手でも、距離が遠いところにいる相手でも、エネルギーが引きあって動いていくことは可能となります。

相手のことを思うエネルギーが、その相手に届くことになる。

その理由は「方向性をもったエネルギー」が作られているからです。

たとえば、ただなんとなく「楽しいことをしたいなあ」と思う場合は、特定の対象がないので向かう方向もないけれど、

「山田さんは元気かなあ」と思う場合は、山田さんという相手へ向かう性質をもったエネルギーをつくることとなり、対象へ向かっていく動きをもつのです。

ただし、相手へ届くのは、自分から作り出されたうち、一部分だけとなります。

残りはどうなるかというと、大部分は、自分のオーラの中にとどまることになります。

そうなる理由は、思うことで作られるエネルギーの「元となる原料」は、「自分自身のエネルギー」だからです。

自分自身の性質を含んでいるエネルギーを原料として、そこから作られたエネルギーですから、

相手のところへ向かう性質がある、とはいっても、

より引きあう性質のところ=自分のところへ、大部分はとどまるのです。

相手を思いやる気持ちや、幸せを願う気持ちが大きいときは、

一部分だけというのが、なんだか残念なような、、、

できるなら、自分が作りだした思いのエネルギーが全部、相手のところへいって、相手を助けたり、何らかのプラスの作用を与えてくれたらいいのにと思ってしまうものですよね。

しかしそこは「それぞれが、自分という人生の主役」ですから、

その枠組みを超えないように、なっているのでしょう。

それでも、ほんの一部分でも、思うことによるエネルギーが相手に届いて、何かの形で役立ったりしていることも、あったり、なかったり、するのかもと考えれば、心が満たされるものではないでしょうか。

そして、自分のところへも、誰かが放ってくれた思いのエネルギーが届いて、自分を助けてくれていることも、きっとあるのでしょうね。

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コメント

  1. クロ より:

    思うエネルギーの強い人、弱い人という差はあるのでしょうか。。。
    あるとしたら同じ一部分でも強い人と弱い人では伝わるエネルギー量(?)が違ってくるような気がします。

    • リカコ より:

      強い人、弱い人の差は、あります。
      過去記事の中から「思う力」などのキーワードで検索してみると、
      おそらく何か、説明した記事がみつかると思います。

      ですが、「放つエネルギー量」が、そのまま「伝わるエネルギー量」と比例するとは限らず、
      他にも、いろいろな要素が関連してきます。

      たとえるなら、「声の大きさが、大きいほどたくさん伝わる」とは、必ずしも言えないように、
      関連する要素は、いろいろです。