この世的な制限が、自分の個性と自主性をつくっている。

自分と守護霊は、たましいの大元が同じであるので、とても深い繋がりをもっていますし、備えている性質も似ているところが多いです。

守護霊と自分は、たましいの大元が同じ。
守護霊と自分とは、たましいの領域が同じという、とても深い繋がりがあります。 この領域を、グループソウルといいます。 私たち人間の感覚からみれば、自分が生まれる前から、エネルギーの存在として属していた「たましいの大元」ともいえる場所になります。 守護霊と自分は...

けれど、たましいの大元は同じであっても、守護霊は「より広範囲な意識」をもっていて、自分は「この世の肉体という物質の枠があるので、意識の範囲は狭く」なります。

そこに、この人生における「自分の個性」があらわれます。

大元のたましいの要素と、まったく同じではないからこそ、この人生での「自分の個性」「自分らしさ」をもつことができます。

肉体という枠組みの中にいる、(霊的にみれば)完全ではない存在だからこそ、「さらに成長できるという伸びしろ」があります。

この世的な「限定されている状況」が、この世での「たましいの学び」に繋がっていて、私たちは「自主性をいかす学び」ができます。

自分らしさという個性がなければ、自主性をもちようがないですし、完全な自分であれば、自主性をいかすシチュエーションがつくられませんからね。

そのようすを、より広範囲な意識をもつ守護霊が、霊的な観点から導いていくという形で、この人生の学びは進んでいきます。

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