人生の目的を把握していなくても、学びは進む。

人生の目的についての続きです。

人生の目的は、ひとつではない。
スピリチュアルなことに関心をもった最初のうちは、「自分の守護霊はどんな人で、自分に何を伝えたいか」や、「どのようにすれば、自分の生活を豊かにしていけるのか」という、わかりやすい方面に関心が向かうものです。 その段階を過ぎて、人は何度も生まれ変わるのは、たましいの学びをするた...

現実的な事柄として、たとえば会社のプロジェクトでも、個人的な生活上の行動でも「数年という時間をかけて、ひとつのことをなす」場合もあるように、

たましいの観点からみた「人生の目的」も、今世という1回の人生で完結するものばかりとは限らず、「数回の人生(前世)をまたいで、ひとつの目的を達成する」ものも含まれてくると思われます。

前回の記事にあるように、人生の目的は複数ありますから、「今回の人生一回で完結するもの」や、「前世から継続しているもの」や、さらには「来世にも引き継がれる可能性のあるもの」などが混在していて、

だからこそわかりにくい、ともいえるでしょうね。

自分のたましいは、何を目的としてこの人生を過ごしているのか。把握しておきたい気持ちは、スピリチュアルに関心がある人はきっと皆、もっていると思いますが、

しかし、把握しておくことが学びの進捗に影響するかというと、おそらくそうではありません。

前回の記事での、義務教育のたとえのように、その時点での子どもの自分は、教育の意味や目的などをわかっていなくても、カリキュラムをこなした経験が社会の中で役立っていくように、

今回の人生を過ごしている今の自分が、たましいの目的というすべてをわかっていなくても、学びのカリキュラムを経験していく中で、必要なことが身についていくようになっていますから、

私たちは安心して、この人生の現実的なひとつひとつに向き合って進んでいけばいいのだと思います。

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