自然霊のエネルギーと波長が近い人は、天候の変化にあいやすい。

この世で、人として姿をあらわしたことがない霊的存在のことを、(人の霊と区分けをして)「自然霊」といいます。

自然霊とは、「この世で人として過ごした経験をもたない霊」「この世に、物理的な姿をもったことのない霊」のことです。 一般的に、神様とよばれている存在、龍神、お稲荷さんなどとよばれるご眷属霊、他には、自然界...

霊とは、あちらの世界にいる存在だけでなく、人間も「肉体をもった霊的存在」であるので、私たちは「人の霊」となります。

自然霊と、人の霊と、ぞれぞれ別の役割や学びをもった存在同士ではありますが、霊的なエネルギーを有している(またはエネルギーそのものである)同士として、お互いの波長や質が似ていたり、なじみやすさをもっていたりすることがあります。

自然霊的なエネルギーに「まったく合わない」人はいなくて、その度合いが、比較的大きいか、一般的な普通の度合いかの差があるということです。

自然霊的なエネルギーと、波長が近かったり、なじみやすいエネルギーの質をもっている人にはいくつかの特徴がみられ、そのひとつに、

「天候の変化に遭遇しやすい」とか、「同じような天気のめぐりあわせになりやすい」というあらわれがあります。

スピリチュアル的に解釈すれば、自然現象には自然霊のエネルギーとしての作用がかかわっていますので、そうしたエネルギーとなじみやすい質をもっている人は、「晴れ女」「雨男」などといわれる、いつも同じ天気のめぐりを経験しやすくなるのです。

ただし、変化の現象は「自分が引き起こしているのではない」という理解は大事です。自然霊的なエネルギーとなじみやすいものがあるとはいっても、自分は「人の霊」ですから。

同じ要素が引きあうしくみがあるので、自然霊的な作用のあらわれである「変化の場面」に「自分がいあわせる」ということなのです。

能動的にとらえるなら、無意識に、そういう場所にいってしまったり、そういう時期やタイミングを選んでしまっていることになりますし、

受動的にとらえるならば、無意識に、そういう場所から呼ばれている、そういうタイミングを選ばされているという受け止め方になりますね。

解釈する目線の向け方の違いだけで、現象そのものの起こり方はひとつです。

人にも、大きな力はあるけれど、しかし「存在としてのスケール」を考えるならば、人という個体よりも、自然という現象のほうが大きいものとなり、大きなものの動きを変えてしまうようなことは、そう簡単には起こりませんから、

エネルギーや現象が「引きあうあらわれ」として、変化という出来事をとらえていくといいと思います。

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