前世で、宗教家や公人だった経験が多い人は。

私たちは、今回の人生の自分として生まれてくる際に、それまでの前世で培われた経験値を備えてこの世にやってきます。

そのため、生まれてから後の環境要因で作られたものではない、性格や性質上の特徴としてあらわれる「思考パターン」「行動パターン」が存在するのです。

幻想的な山のようすと若い女性

現代よりも以前の時代は、どの国のどの時代であっても、身分差が大きくついていました。

現代の(特に私たちが住んでいる日本の)ようには、誰もが何でも自由に選んで行動したりはできず、「この身分の人だけが行うことができる」「この立場の人だけがこの件に関わる」という区分けがはっきりしていました。

そうした時代で、身分が高いとか、公人として過ごした前世の経験が多い人は、

今世のこの時代の、職業が違っていても身分差がなく、誰でも何でも行動できる範囲に制限がない「皆が同じ横並びの立ち位置」で、自分がどのようにふるまったらいいのかがなかなかつかめないことがあります。

たとえば、貴族だったとか、宗教家だったとか、役人であったとか(時代と国によってはお役人さんの地位がものすごく高いケースがあります)、そうした前世をくり返している人は、

その経験から培われた「思考と行動のパターン」が、その人の中に「折り目」のように根づいているのと、そうしなければならないような「感覚」がでてきてしまい、

今世の自由な環境の中でも、リーダーのように仕切り役をしなければ「ならない」気分になり、自分より知恵が少ない人に教えなければ「ならない」と忙しく行動をしてしまうため、自分自身がまったく休まることがありません。

それはある意味、自分に与えられている役割を全うしなければという使命感のような思い、人のためになろうとする奉仕の気持ちなのでしょうけれど、

前世での時代ほどには、人々がそういうものを必要としていないケースもあるわけで(手段はいくらでもあるし、誰もが自分で知識を獲得できるし、選択の余地もある)、ときに「上から」のふるまいと誤解されて、人間関係がうまくいかなくなることもあります。

そういう前世の経験をもち、その上で、この横並びの時代に生まれてきているのは、以前とは違うシチュエーションで、その経験をいかそうと、この時代と国を「選んで」きているので、

知恵のいかし方や伝え方を(それ自体は素晴らしいことなので)、自分と周囲の距離感や立ち位置をはかって、つかいわけていくことや、合わせていくことが学びの中に含まれているのでしょう。

前世の時代は、今とは違い、誰もが等しく教育をうけて知識を身につけることができない環境なので、そうした立場の人生を経験している人は、ものごとの見方が深く、勉強のコツをつかむことが身についているので、今世でも博識であるケースが多いです。

その感性をいかして、今世にあわせた動きをとっていくことが学びだととらえていくのがよいのでしょうね。

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前世
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記事を書いている人
リカコ

スピリチュアルなブログを書きつづけて11年になります。記事数は1700以上、1日あたり7000~8000PVくらい読まれています。インスタグラムをはじめてみました。

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コメント

  1. クミコ より:

    >人々がそういうものを必要としていないケースもあるわけで
    >ときに「上から」のふるまいと誤解されて、人間関係がうまくいかなくなる

    「偉そうだな」「ちょっと高圧的かもしれない」
    今ブログを書いているのですが、つい自由に表現してしまいます。
    すると、たいてい上記のようなクセに気づきます。
    自分の価値観を、押しつけているというのでしょうか。
    おそらく普段の言動にも出ていると思います。

    ただ、それが前世と関係があるのか、我の問題なのかはわかりません。
    もしかしたら、今回の内容には該当しないかもしれませんが
    「そぐわない奉仕(親切?)」という意味で、考えさせられました。
    気づいたところから変えていきます。
    ありがとうございました。

    • リカコ リカコ より:

      クミコ様

      ブログを運営してく目的にもよるのだと思います。

      内容によっては、一方的に決まったしくみを述べたり、結論が出ていることを解説したりする主旨もあるでしょうから
      そうすると、言い切りの形になりやすいので、若干の決めつけっぽい?表現になりやすい、というのも確かにありますよね。

      それは、自分の価値観の押しつけというのも、あるいはいくらかあるとしても、しかし、
      中には、記事で扱う事柄の性格上、どうしても、そういう固い表現になりやすいものもあるでしょうし、

      内容によるのではないでしょうかね。

      高圧的になることを避けたいなら、「ワンクッションおいた伝え方を」ということを頭の隅に置いておくといいのだと思います。

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