心が自立している人は、自分のことは自分で判断して、必要な行動をとることができるので、本来ならば結果を出すことも早いはずです。
それなのになぜか、行動したことが結果に結びつくまでが、不自然なくらいに手間と時間が掛かって遠回りになってしまうことがあります。
最終的にはゴールに行けるのだけれど、プロセスがとんでもなく遠回りになってしまうことばかり続くとしたら、、、
たぶんそれは「遠回りをさせられ」いて、
その理由は「カルマ」があるからと考えられます。
この世には、自分がしたことが自分に返ってくるという「原因と結果が結びつくしくみ」があります。カルマの法則というやつです。
過去の自分がした何らかの行いが、結果となって自分に降りかかり、その時点での動きを押しとどめる形になることはあり得るのです。
自分が成したい目的と、そのための動きとの「間」にカルマが挟まる形になると、スタートの判断も、プロセスの重ね方も、ゴールの設定もすべて適切だとしても、順調な進みにならずに停滞してしまいます。
記事の冒頭で「心が自立していて、何でも自分で判断して行動する人は・・・」というふうに、この記事を書き進めています。
どうしてこのタイプにだけ、この形のカルマがあらわれやすいかというと、
自力が大きくて、自分で決めて行動する力がある人には、動きを押しとどめる形になるところが「そこ」だけだからです。
他力をあてにしないので、他人の協力を得られないという形でのカルマを経験することになりませんし、行動しないことで時間ばかりが過ぎるという形にもならないですから、このワンパターンばかりがあらわれやすいのです。
では、この状況をどうしたらいいかというと、
与えられているカルマをクリアするために、焦らずに、諦めずに、自分を信じて必要な動きをとり続けることです。
間に挟まって押しとどめているものがクリアされれば、その後は、今度はまた逆の意味で、びっくりするほどスムーズに進んでいくことができるのもこのタイプです。
もともと判断力も行動力も高いものをもっているので、押しとどめるものがなくなれば、そのまま自力の高さが反映していくからです。
コメント
今の自分に本当にありがたい言葉の数々。。。
行動力があるかどうかはわかりませんが、自分ひとりだけの力で完結することならせっかちな性格ゆえハイスピードでいくらでも頑張れるのに、他力も必要な場合は物事が進むスピードも変わってきます。
このスピード感の違いがとてもストレスでした。
これは待つことの修行だ、と自分なりに納得させていましたが「焦らずに、諦めずに、自分を信じて必要な動きをとり続けること」は大切ですね。
この言葉を忘れずに頑張ります。
MAKOさま
お書きになっているご自身の状況とは「自分ひとりでできるならハイスピードでも頑張れるのに、他人が関わると、自分にいくらやる気があろうと、他人の領域はコントロールができないので思うように進まない」ということですよね。待たされること等も含めて。
この記事の内容は、それとは別です。
自分の動きが、ハイスピードで進んではいても道のりが最短距離にならず、あちらにいったり、こちらにいったり、遠回りが山ほどでてきて、ゴールにいくことがスムーズにならない(一見、無駄な動きばかりをすることになる)ような現象が起こるときは、
そこに「自分の動きを押しとどめられるカルマが挟まっている状態」なので、そのことをクリアしなければならない、
クリアするためには、結局(自分が引き受けるべきカルマなのだから)そのことを頑張り続けるしかない、
という、自分の動きの中で起こることを(他力が関連しなくても、効率よく進めなくなってしまうあらわれを)書いたものとなります。