先日の、こちらの記事で書いたとおり、
相手を思うエネルギーは、相手へ(一部分は)届く。
「こんなふうになったらいいな」「この件はどうなるかな」などと、私たちは日々いろいろなことを「思い」ますよね。 「思うこと」は、「エネルギーを作り出すこと」でもあります。 ...
相手に向けた「思いのエネルギー」は、方向性をもって動いていきます。
これは、特定の「人」に限らず、対象が「出来事」や「場所」であっても同様です。
たとえば、災害などにあわれた地域へ、祈りの気持ちを抱くなら、その行いはエネルギーを生み出し、その地域へ向けて運ばれていきます。
どうか復興がなされますように、平和であってほしいという、思いのエネルギーは、ちゃんと届くものなのです。
平和を願う式典などには、全国各地からたくさんの「願い」「祈り」が届くのでしょう。
他界された方をしのぶ、法要なども同じですね。
放たれていくエネルギーの、ひとつひとつは小さいものです。思いのエネルギーの大部分は、自分のところへ残るものなので。
けれど、たくさんの人が放つエネルギーのハーモニーは、大きな力となって、必要なところで役割をはたすのでしょう。
8月は、お盆があり、終戦記念日もあります。そういうことを考えさせられる機会が多い月ですね。
祈る人自身にも、祈り(思い)のエネルギーは残りますから、
そのエネルギーの作用で、より深く、考えさせられることになります。
年月とともに、出来事の記憶は遠くなっていくけれど、
たくさんの人が放つ祈りのエネルギーが、「届くこと」と、「自分に残ること」と、両方の作用が、それを風化させることなく、平和に寄与するのだろうと思います。
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