風がないのに、ひらひらと物が揺れる現象。

お部屋の中で、あるモノがひとつだけ「揺れているように動いている」のを目撃した経験をもつ方は結構いらっしゃるのではないでしょうか。

たとえば、たくさんのハンカチを干している中で、一枚だけがひらひらと動いているというような。ご相談の中でそういう話題になることがときどきあります。

こうした現象は「そのときに取り掛かっていることや目指していること」を肯定したり応援していたりするサインであることが多いです。

ランプを手にして進む女性

あれ?と考えているうちに現象は収まる。

こういう現象に気づいたら、まずは頭で考えますよね。

窓が開いていないので風が入ってくることもないし・・・、側にある何かから力が加わっているようすはないし、場所的な振動があるなら他のモノも一緒に動くはずなのにおかしいな、なぜアレは動いているのだろうか、と。

次に、物理的な原因となることを探し出します。

一般的に、こうした現象の対象は、タオルとかハンカチとかのひらひらした薄い布などが多いです。ちょっとの力で動くものではあるため、そこまで不思議に思わずに「自分が気づいていない場所からすきま風でもあるのだろう」という認識になります。

けれど、どう考えてみても動かす力となるものが周囲に見つからず、

そこでやっと「これはスピリチュアルな現象ではないか?」と気づきます。

そして「気づいたときには現象は収まって止まっている」のです。

嫌な雰囲気とか怖い感覚などがあまりなく、どちらかというと明るい雰囲気の中で起こることが多いでしょう。

自然にそのことに気づかされて、いろいろ考えている間に、いつのまにか自然に収まっていくものです。

広い意味での、励ましなどのサイン。

こうした現象が起こるときは、特定の範囲に限定されない「広い意味での何かのサイン」が霊界から送られていることが多いようですね。

そのとき思っていることや、関わっていることへの、それでいいという肯定の合図だったり、あと少しだから頑張れという応援のようなものだったり。

特定の目的に向かって思考をしていたり、行動をしていたり、そのことに「向かっている」ときに起こることで、迷っているときや止まっているときには起こらないようです。

なぜ、物理的に物がゆれる形になるのか?

なぜ、たとえば「思考などの内的な気づき」ではなく「物が動くという物理的な現象を見せられる」という形になるのかという点ですが、

何かに向かって、思考をしたり行動をしたりしている最中であるので、その流れの中に、内的な気づき(という別の動きを)あえていれないようにして、別の形で起こることなのではと思います。

このようなケースを多数、自分も経験してきましたし、ご相談でお聞かせいただくこともあり、それらの統計からすると、

この現象は「何かに向かっているとき」に起こり、止まって迷っているときには、起こっていないようですから、おそらくそうだと思います。

私自身の経験、リアルフラワーロック?

私の経験では、このようなことがありました。

まだ会社員だったころ、入口のカウンターのところに「花瓶に挿したチューリップ」が置かれていました。常に、社内には人がたくさんいて、外部の人の出入りも多いのですが、そのときはたまたま周囲に私だけがいたと思います。

ふと気づくと、花瓶の中の「チューリップだけが揺れている」のです。

たとえばコスモスとかの、ひらっとした薄い花びらだけが揺れているならわかります。ですが、固い花ですからね。それもフラワーロック?のおもちゃのようにスイングしているのです。

さすがに私も、一瞬、固まりました(-_-)。

そのまま、頭の中を「無」にして、席に戻りました。

理解不能な経験をしたときというのは、それを解釈しようとかはせずに「なかったことにしよう」とするものであるようです。

その時点で、私にとって、スピリチュアルな経験や現象は珍しいものではないですが、形をもたない現象のほうが多く、こうした「モノ」として形のある現象に遭遇することはあまりなかったので、

突然のことの頭がついていきませんでした。

今になって振り返ってみれば、このときの私も、あることに向かって思考を働かせていて、行動もとっていた時期でした。ただ、その最中はびっくりしてあまり意味などはわかりませんでしたし、あえて考えないようにしていたので、あまり後から思い出すこともなかったですが、

今にして思い返せば、そのときの思考や行動を、あのような形で応援とか肯定をいただいていたのだろうな、と。

こうした物理的な現象というのは、その時よりも、少し時間をおいて振り返ってみるほうが、その後の展開とあわせて解釈できるので、意味がわかりやすいようです。

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